デアイ

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ

デアイ

 ある日、科学者のもとにタマゴが送られてきた。タマゴの大きさはタピオカと同じくらいで、数は一個。色は乳白色で、殻がない。形は球体、表面は湿っていそうに見える。 「な、なんだ?これは……。」  科学者は首を傾げる。殻のないタマゴを産む生物ということは、魚類か両生類の(たぐい)だろうか。虫にしては大きい気もする。 「でも……。」  そのタマゴは完全に空気にさらされてしまっている。容器は、よくあるタマゴの紙パックだ。六つのくぼみのうち、開け口を手前とすると奥の真ん中にそのタマゴはある。くぼみの部分には綿が詰められている。それも、黒が三つと白が三つ。同じ色が隣合うことがないように詰められていて、かなり珍妙な包装だと感じた。黒の綿に包まれたそのタマゴは、全く動くことがない。  なぜ鳥類や爬虫類のタマゴが硬い殻に覆われているのか、覚えているだろうか?彼らのタマゴは陸上に産み落とされる……つまり、タマゴは空気にさらされてしまう。そんな、陸上に産まれるタマゴの乾燥を防ぐために、硬い殻が存在するのだ。しかし、このタマゴには殻がない上に、水槽に入れられている訳でもない。 「……これはそもそもタマゴなのか?ただのミルク・キャンディにも見えるが……。」  ピンセットで綿も調べていると、綿の下に紙があることに気付いた。それも、タマゴが入っていたところ以外の五つ全てだ。全てに文字が書かれているが、どうやらバラバラになっているようだった。切れた文字を手がかりに、それを継ぎ合わせる。塗りつぶされた文字もあるが、浮き上がった文章はこういったものだった。 『これは、   ノタマゴ。私はその子の母親だ。もう命が尽きてしまうから、アナタにそれを守り育ててほしい。私は人間が嫌いだが、人間に託す他ない。仲間もタマゴを人間に託す。人間はいつも、それが孵化する前に死   しまう。どういう訳だか、真っ先に水に沈めて溺死させる人間ばかりだ。水やりはそんなに過激じゃなくていい。天敵が多い。知能の高い人間であるアナタに、任せます。』 「……はぁあ……?」  全く意味がわからない。卵生の動物が、人間の文字を書いて託児をしたとでもいうのか?妙なイタズラだ。それに、このままでは乾燥してしまうというのに、水に沈めてはいけない?私が無名な科学者だからと、そんなものを信じる訳がないだろう!このミルク・キャンディめ!  怒りはしつつも、一応、動物に詳しい科学者友達にメールをした。すると、すぐさま電話がかかってくる。 「もしもし。久しぶ──」 「タマゴの話は本当か!?」 「え?ああ、本当さ。妙なイタズラもあったものだよね。やっぱり、そんな動物はいないだろ?」 「いいや、いるんだ。いるかもしれない(・・・・・・・・)んだ。」  友人はかなり興奮した様子だ。 「いるかもしれない?」 「ああ、俺らの間じゃ有名な都市伝説だ。お前の言っていたものと、全く同じ特徴のタマゴが突然送られてくるんだ。受け取ってしまったが最後。ソイツが死ぬと同時に、持ち主は死んでしまうんだ!そのことから、それは呪いのタマゴとも言われている。孵化させた人間は今のところ存在しない。孵化させるとどうなるのかすらわかっていない。」 「はぁ!?ちょっと待ってくれよ、コイツが死ぬと私も死ぬって!?」 「俺が聞いた情報だけになるが、アドバイスはしてやる!絶対に孵化させてくれ!」  それから私は、友人からタマゴについて聞いた。  これは通称「カエルノタマゴ」。どう見たって、あの両生類のカエルのタマゴとは思えないが、母親(・・)からの手紙により判明しているらしい。送られるのは、必ず一人につき一個。とはいえ、一個のタマゴに二匹の個体が入っていたケースも一件あるそうだ。カエルノタマゴが死ぬと持ち主も死ぬという話だが、それ以前に持ち主が急死することも多々あるそうだ。譲渡しようとすると、譲渡先の人間が死ぬという話もあるらしい。……とんでもないものを送られてしまったな。  奇妙さはその噂話に限ったものではない。生態もまた奇妙なのだ。タマゴは産み落とされてからの日数が奇数なら黒、偶数なら白になり、朝は透明の内容液の中で、勾玉のような形の核が(うごめ)く。昼は内容液の色が核と同じ色に染まり、夜にソイツは急激な成長を遂げる。そして母親は、タマゴを産んでから一週間後以降にタマゴを人間に託すらしい。……タマゴを産んで一週間経つ頃に、死んでしまうと考えられる。  本当に、妙な生物だ。  タマゴについて調べているうちに、夜になった。夜になったことに気がついたのは、タマゴから声がしたのがきっかけだった。声は途切れ途切れで、人間の赤子の泣き声のようだった。 「エサやりは夜に、だったか。……もしや、お腹が空いたから泣いているのか?」  コイツはタマゴのくせに、外部から栄養を摂るらしい。エサはエサ用のコオロギやゴキブリ……とはいっても、個体差があるみたいだ。気に入らないエサを与えられたことで、怒って持ち主を殺すこともあったそうだ。量も好みがあるようで、多すぎて怒ったのか、全てを食べ尽くした後にそれを肉団子にし、持ち主の鼻の穴に詰めたことまであったとか。 「さあ、美味しいコオロギだよ。いかが?」  そういって、ピンセットで掴んだコオロギを見せつければ、泣き声が止む。タマゴがパックリと割れて、赤黒い何かが瞬時にコオロギを捕らえた。私が驚きの声を漏らすのも気にしていないようで、タマゴはゆらゆらと揺れる。咀嚼をしているみたいだ。 「美味しいかい?もっとあげようか?」  声が震えているのが自分でもわかる。なんなんだ、この生物は!捕食の仕方には驚いたが、とりあえずお気に召して良かった。もし泣き声に留まらず、コイツと意思疎通出来るようになったら、私が死ぬ可能性もぐんと減るだろう。少しだけ期待した。  タマゴは結局、十二匹ものコオロギを食べ尽くした。言葉を教えるためにいろんなことを言ってみたが、やはり赤子のような声で泣くだけだった。泣き声を発することが、急激な成長だったのか?  ──これが、あのタマゴと出会いの全貌だ。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!