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「阿久津さん、おめでとうございます。ごかいらんです」
「ありがとうございます」
片膝をつき耳打ちした婦長さんの言葉に、私は心から幸せな気持ちになった。夫、斗真との子供が宿ったのだ。
「じゃあ手続きがあるから。奥の部屋に」
終始耳打ちの婦長さんに言われるがまま、その後ろを産院の奥へと付いていった。廊下は薄暗く、まるで旧校舎のようだった。使用されているんだろうかと不安を覚えた時、婦長さんがひとつの扉をガラガラと開けた。扉の上には学校のクラスプレートのように『医院長室』と書かれたプレートがあった。
薄暗い廊下から入り、明るさに少し目がくらんだ。部屋の中は応接用の机とソファ。奥には窓を背にして大きな机があり、私は昔見た校長室を思い出した。
「医院長がくるまで、少し待っていてくださいね。お茶お持ちしますね」
すすめられるがままにソファに腰をおろすと、ひとり残さられた私は壁にある書棚に目を向けた。
『天使百科』『天使と徳』『堕天使』『悪魔辞典』『悪魔の言葉』『堕落と浄化』
書棚に収められた本は、違和感だらけのタイトルばかりだった。医学とは真逆に思えるそれらは、医院長先生の趣味だとしてもこの場に似つかわしくなかった。
「お待たせしました」
なんとなく本を手に取ろうと立ち上がりかけた時、医院長先生がやってきた。
「阿久津様。この度は、ごかいらんおめでございます」
医院長先生が座ると、後から入って来た婦長さんがお茶を置いて出て行った。そして、私はひとつの言葉に引っ掛かった。
「あのー。聞き間違いかと思ったんですが。婦長さんもごかいらんて」
「そうですご懐卵です。たまごです」
院長先生は目を細めて微笑んだ。
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