1人が本棚に入れています
本棚に追加
名前を呼んでくれないか
100とスタンプされた私の右手を見ると、人はため息をつく。
そんなに生きられるなんてうらやましい。きっとそう思うのだろう。
医学の発達で、人間がそれぞれ何歳まで生きられるかわかった現代。
いまでは、生まれた赤ん坊の右手に、その子が亡くなる年齢のスタンプを医師が押す。スタンプはライフナンバーと呼ばれている。
私、大原真奈のライフナンバーは100。
そして私の大切な人だった矢野良のライフナンバーは、17。
これは、私と良の人生の話だ。
ほんの一瞬だけ交差した、ふたりの人生の話だ。
良はいつも言っていた。
「俺は青春を楽しむ。みんな受験がんばれよ」と。
良は7月生まれだ。高校3年の18歳の誕生日を迎えるまでに最期の日が訪れるだろう。
良の誕生日があと3ヶ月後に迫った日の放課後。私はクラス担任に呼ばれた。
良の面倒を見てほしいという。
彼は話し相手が欲しいらしい。しかも、できるだけ長生きする人と話したいそうだ。
教室に戻ると、良だけがいた。
ノートになにか書いている。字が小さくて顔を近づけないと読めない。私は読むのをあきらめて、良の前の席に座った。彼は言った。
「俺。あの世に行ったら、やることあるんだ」
良は笑っていた。
「まず、神様を殴る。寿命というシステムを作って、毎日毎日いろんな生き物を死なせるなんて悪いことだろ。生まれたいかどうかわからない俺たちを、さあがんばりましょうって地球に放り投げて。寿命が来ればこの星から出ていってくださいと追い出す。そんなのおかしいじゃん」
良は震える声でつぶやいた。
「俺は……死にたくない」
……私にはどうすることもできないから、悔しかった。
「私も殴りたい、神様を」
良の瞳は、泣き出しそうなくらい潤んでいた。
あんなに綺麗なだれかの瞳を、私は見たことがなかった。
「ねえ。私にしてほしいこと、ある?」
「名前を呼んでくれないか。『良』って」
「良」
「もう一度」
「良」
「もう一回」
「良」
私はボールペンを持つ彼の右手を握って、何度も彼の名を言った。
最初のコメントを投稿しよう!