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力の限り咲く
「俺の名前ってさ。『良き人生を』って意味なんだ。俺のライフナンバーが17ってわかったから、父さんと母さんが名付けてくれた」
「いい名前だね」
「ああ。名前通りの良い人生だった。ほとんど喧嘩せず友達と仲良くして……恋もした」
「え。告白……しないの?」
「しない。したら、負担になるはずだから」
「そんなの気にしなくていいよ。良がつらいでしょ? 想いを告げずにいるなんて……」
「本当にそう思う?」
「……うん」
良は私の手に、左手をかさねた。
「大原……いや、真奈」
良はなにかを言おうとしたけど唇が震えている。やがて、ゆっくり口を開いた。
「真奈……真奈に、もう会えなくなるのがいやだ。真奈の声が聴けなくなるのがいやだ。全部、真奈の全部をつかんだままでいたいのに……」
「私にできること、なんにもないね……」
「また名前を呼んでよ」
「うん……良」
泣きたくないのに、涙がひとすじ流れた。
私の涙を指で拭うと、良は微笑んだ。
「真奈。真奈も良き人生を」
私たちは校舎を出た。校庭の桜の枝がふるえるようにゆれている。
「……私、桜きらい」
私は舞い落ちる花びらを睨みつけた。
「なんで派手に咲いて、派手に散るんだろう。散らなければいいのに……ずっと、ずっと、咲いていればいいのに」
「桜は散るんだよ。いつか……いつか、かならず」
良は一本の桜に近づいた。私たちの背より少し高いくらいの若い桜だ。もしかしたら、今年初めて花を咲かせたのかもしれない。良は振り返る。
「散るってわかっているから、力の限り咲けるんだ」
私は良に近づいた。
良、あなたがいなくなったら……やがて、あなたの声も笑顔も忘れてしまうのだろうか。
焼きつけたい、良のすべてを。
風が吹いた。良はそっと私の髪にふれる。
「花びら、ついてた」
良は花びらを握りしめた。
「……花びらみたいに、真奈にしるしをつけたかった」
良は笑っている。
悲しくなるくらい、さわやかに笑っている。
「いいよ。いますぐ、つけていいよ」
私は良の胸に飛び込んだ。良の腕のなかは、あたたかかった。
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