力の限り咲く

1/1
前へ
/3ページ
次へ

力の限り咲く

「俺の名前ってさ。『良き人生を』って意味なんだ。俺のライフナンバーが17ってわかったから、父さんと母さんが名付けてくれた」 「いい名前だね」 「ああ。名前通りの良い人生だった。ほとんど喧嘩せず友達と仲良くして……恋もした」 「え。告白……しないの?」 「しない。したら、負担になるはずだから」 「そんなの気にしなくていいよ。良がつらいでしょ? 想いを告げずにいるなんて……」 「本当にそう思う?」 「……うん」  良は私の手に、左手をかさねた。 「大原……いや、真奈」  良はなにかを言おうとしたけど唇が震えている。やがて、ゆっくり口を開いた。 「真奈……真奈に、もう会えなくなるのがいやだ。真奈の声が聴けなくなるのがいやだ。全部、真奈の全部をつかんだままでいたいのに……」 「私にできること、なんにもないね……」 「また名前を呼んでよ」 「うん……良」  泣きたくないのに、涙がひとすじ流れた。  私の涙を指で拭うと、良は微笑んだ。 「真奈。真奈も良き人生を」  私たちは校舎を出た。校庭の桜の枝がふるえるようにゆれている。 「……私、桜きらい」  私は舞い落ちる花びらを睨みつけた。 「なんで派手に咲いて、派手に散るんだろう。散らなければいいのに……ずっと、ずっと、咲いていればいいのに」 「桜は散るんだよ。いつか……いつか、かならず」  良は一本の桜に近づいた。私たちの背より少し高いくらいの若い桜だ。もしかしたら、今年初めて花を咲かせたのかもしれない。良は振り返る。 「散るってわかっているから、力の限り咲けるんだ」  私は良に近づいた。  良、あなたがいなくなったら……やがて、あなたの声も笑顔も忘れてしまうのだろうか。  焼きつけたい、良のすべてを。  風が吹いた。良はそっと私の髪にふれる。 「花びら、ついてた」  良は花びらを握りしめた。 「……花びらみたいに、真奈にしるしをつけたかった」  良は笑っている。  悲しくなるくらい、さわやかに笑っている。 「いいよ。いますぐ、つけていいよ」  私は良の胸に飛び込んだ。良の腕のなかは、あたたかかった。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加