地上最後の龍と監視塔

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 地上最後の龍は、峻厳な山の周りを今日も悠々と飛んでいた。  俺はフィールドワークの荷を整えていた手を止め、監視塔の窓から龍の様子を眺めた。  頭部から生えた太い枝のような角は艶やかで、長い胴体は白銀の鱗に覆われている。監視塔の立つ平原の向こう、名もない山は薄霞をまとわせていた。竜が霞の中を泳ぐように身をくねらせると、青空の下、鱗が日差しを鋭く反射する。 「おお、今日も飛んでるなあ」  俺の隣にやってきた同僚のギヴァリが目を細める。六十をいくつか過ぎた彼がそうすると、シワシワの目元にますます深く皺が寄った。 「で、お前は今日もフィールドワークへ行く、と」  俺の方を見て、呆れたように片眉を上げる。俺は黙って肩をすくめた。荷を詰めた背嚢を背負い、さっさと監視塔の出口へ歩き出す。俺の愛想がないのはいつものことで、ギヴァリが何も言わずに見送るのも日常だった。 「なあ、カナン」  しかし今日は背に名前をぶつけられた。足を止めてゆっくり振り向く。神妙な顔をしたギヴァリが、細い目をこちらに向けていた。 「……龍の監視員なんか、真面目にやることはないだろ。ここは王国の果ての監視塔。誰も見ちゃいない。適当に報告書をあげて遊んで暮らしたって、文句は言われないぜ。そうだ、お前は若いんだから王都に戻ったっていい。俺の知り合いが酒場を経営しててな、人手が足りないっていうから紹介できるぞ」  親切な申し出に苦笑する。俺に酒場が向いているとは思えない。 「ありがたいけど、お断りするよ。この生活も気に入ってるんだ」 「カナンの親父は龍の研究者だったっけか? 息子が研究を継ぐなんて、泣ける話だよな」 「そうじゃない」  強く首を横に振る。泣き真似をしていたギヴァリが、目を丸くするほどはっきりと。 「俺がここにいるのは軍の命令だから。逆らって殺されるのは勘弁願いたいだけだよ。命は大事なんだ。それに監視塔が気に入ってるのは本当だ。ほとんど人と関わらなくていいしな」  息も継がずに言い終えると、二人しかいない監視塔に沈黙が落ちた。窓の外から雷鳴のような低い音が轟く。違う、これは龍の唸り声だ。地上最後の龍はときどきこういう声を出す。なぜかはわからない。俺は一応、この国で最も進んだ龍の研究者なのに。  ギヴァリが再び口を開く前に、俺は監視塔をあとにした。
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