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今日はこんなに晴れているのに、雷雨の夜を懐かしく思う。
家に押し入ってきた軍部に手記や蔵書を燃やされそうになって、父はその身を火の前に投げ出した。紙を燃やすはずの小さな火種は父の服に燃え移り、片足の動かない父の体を押し包み、巨大な火だるまに姿を変えた。
——どうして、父さんは死んでしまったんだろう。
ずっと不思議だった。
——たかが龍の研究なんかのために。
何度自問しても答えは見つからなかった。
——寂しさって、なんだよ。
俺にはずっとわからない。
視界の端で、龍が身動ぎするのが見えた。鉤爪がぐっと持ち上がり、根元の筋肉が隆起する。いいぞ、と俺は笑った。その鉤爪で、巫女を連れていけ。どこへなりとも飛んでいけ。
雷鳴のような音が激しく空気を震わせる。地上最後の龍の咆哮。辺りの木々が枝をしならせ、雨のように葉を降らせる。天頂では太陽が明るく輝いているのに、ここだけ雷雨に見舞われたみたいだった。
兵たちの恐怖の悲鳴が耳をつんざく。俺はその場に膝をついて、龍を見上げていた。
龍はまっすぐ空へ上る。長い尾がのたうち、辺りの兵を一掃する。大佐が斜面を転がり落ちるのが目に映った。
もう一度、龍が咆哮する。
地が割れる。俺の足元も崩れる。急転直下、真っ逆さま。俺は土砂と木と岩もろともどこかへ落ちていきながら、必死に天を仰いでいた。巫女とともに空を泳ぐ龍の姿を見つけたくて。寂しさをなくした地上最後の龍の姿を目に焼きつけたら、これまでの全てが報われる気がした。
だから、俺の横を落下していく巫女の亡骸と目があって、俺は息を呑んだ。
「……は?」
地上最後の龍は悠然と空を飛んでいく。下界の何もかもが関係ないというように。地崩れが起きて土砂に飲み込まれていく人間たちも、毎夜ともにした巫女の亡骸も、傷の手当てをした人間も。
脆い巫女の亡骸は、ぼろぼろ崩れながら落ちていき、やがて土砂と混じって見えなくなった。
顔に当たる小石の感触、耳元で鳴る風切り音。みるみる離れていく明るい空。
急に全部がおかしくなって、俺は笑う。
妙に晴れやかな気分だった。
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