忘れて、忘れられて

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***  あの黒板はどうなったのだろう。  いつになってもふとした瞬間に思い出す。彼の言葉が刻まれたあの黒板はいろんな人の名前で埋め尽くされていた。名前を覚えてもらえるよう、自分という存在を宣伝したかいがあったということだ。  あの黒板のように、みんなにも彼の名前が刻まれていてほしい。  あの黒板のように、私の胸にも幸せという二文字が刻まれてほしい。 「またな」    なんでその言葉を言ってくれなかったの?  当たり前のように聞いていた言葉が、私の中から消えていく。彼の声が、顔が、派手な髪色が私の記憶から消えていく。  黒板に名前を書いた誰もが淳平のことを忘れて笑ってる。  誰にも覚えられない私たちは、みんなに忘れられながら、みんなを忘れながら生きている。幸せを取りこぼしたことにも気付かないまま、ひたすら幸せを目指して。 「私の幸せも……」  あの黒板に書けなかったもの。彼が本当に求めていたもの。 『お前の名前はまだないのか。心残りだな』  まだ、間に合うだろうか。  そう尻込みした瞬間に彼の笑った顔が浮かんだ。彼は背中を押してくれるような存在ではなかった。いつでも前を走り、無理やり私の手を引っ張る。そんなお節介な人だった。 「分かったよ」  ちっぽけな黒板なんかじゃ足りない。ついでだ。彼の言葉を頼りに、あの日掻き消した道を進んでみよう。  あの日書けなかった最後の名前を、よりたくさんの人の記憶に刻むために。
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