忘れて、忘れられて

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*** 「なんだよ?」 「ん、別に」  見れば見るほど普通の顔だ。日本中の男の顔の平均のような、頭に残ることのない顔。 「今日は授業は?」 「昼に一限だけ」 「そっか」  普通の顔に見合わない派手な髪色がひたすらに自己主張する。 「何で金髪にしたの?」 「なんかかっこいいじゃん?俺だけ特別みたいでさ」 「金髪の人くらい他にもいるけどね」  大学に入りたてなんかみんなそうだ。それまでの黒髪に不満でも持っているかのように金髪なり茶髪なりに髪を染め、新しい自分を堪能する。 「まあそうだけどさ。他の奴らよりは目立つだろ?」 「うん、まあ」  少し前まではクラスでも目立たない普通の人だったくせに。なんで今更なのか。 「あのさ」 「なに?」  食べた後の食器を片付けるために席を立つ。食堂はいつも人が多くてうんざりする。 「今から海に行こうぜ」 「は?」  最近どこか様子がおかしい。  この前も授業が始まる前に教壇に立って声高々に一発ギャクらしきものを披露していた。すぐに教授に引っ張り出されていたが、みんなは笑っていた。 「授業あるって言ってんじゃん」 「今日くらいいって。どうせまだ一回も休んでないんだろ?」 「まあ」 「じゃあいいじゃん。行こうぜ」 「時期考えてよ。寒いって」  もう十月も終わる。半袖を着るのは論外であり、少し厚手の上着を羽織らないと鳥肌くらいたつだろう。 「そうか?まだ半袖でいけるけどな」  この人の多い食堂、それだけでなく大学全体を見渡しても半袖なのは一人だけだ。意地を張った小学生のように彼は笑う。
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