忘れて、忘れられて

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「頼むよ。もう最後になるかもしれないからさ」 「最後?何が」  ばつの悪そうな顔が目に入る。 「この時期に海に行くのが」 「当たり前じゃん」  大学に入ってもう三年半が経つ。大学三年の十一月ともなればもう就活を始めなくてはいけない時期だ。興味のある企業を調べたり説明会に行ったりと、やらなくてはいけないことはたくさんある。  それなのに私たちは、 「やっぱ寒いな」 「だから言ったじゃん」 「ま、寒さくらいどうにでもなる」  就活から逃げるように、夢を持たず目の前の楽しさだけで生きている。海に来ているこの状況さえもつまらない映画のワンシーンみたいだ。 「お前、もう就活とか始めてんの?」  映画のように現実はうまくいかないと分かっているはずなのに。 「ぜんぜん」  ベタベタした潮風が私たちの髪を撫でる。海に反射した光が今度は彼の金髪に手を伸ばして、彼の髪が太陽のように輝く。その神々(こうごう)しさは誰とも似通わない。 「夢は?なんかないの?」 「今、探してる」 「今頃かよ。あはは、おっせえな」  絶え間なく続く波の音が彼の声を遠ざける。 「淳平に言われたくない」 「あはは、俺はいいんだよ。どうせ……」  彼の言葉を波が掻き消す。なぜかもう一度聞こうとは思えなかった。 「よし、そろそろ帰るか」 「は?もう?」  海に来てまだ十分も経っていない。移動時間の方が何倍も長いうえに、移動費もそれなりにかかったというのに。 「わざわざ授業サボってまで来た意味ないじゃん」 「わるいわるい。でも楽しかったな」 「は?何もしてないじゃん」  彼が来た道とは違う方向に歩き出そうとする。 「どこに……」 「またな」  いつもの決まり言葉で、今日はお別れなのだと知る。本当に海に来たかったのか、それともただのついでか。本心は分からない。 「気を付けて帰れよ」  振り返らずに歩いていく彼の背中が海の切なさとマッチする。いつから普通じゃなくなって、いつから目立ちたがり屋になって、いつからあんな寂しそうな顔をするようになったのだろう。  昔から変わらないのは別れ際の言葉だけ。
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