僕と彼の逢瀬

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 春になると彼の周りに人が集まってきて、僕は中々近づけなかった。木の近くには黒い機会が置かれ、柵が建てられて木の下まで行けない。『枝を折らないで』といった注意事項が書かれた看板の外でたくさんの人が写真を撮っていた。  隙を狙って近くに寄ると彼の姿が現れた。美しくさらさらだった髪が少し乱れ、肌が青白い。唇はむらさきになり、目の下にはクマが出来ていた。僕は柵に手をかけると、美しい人もギリギリまで寄ってきてくれる。 「お兄さん、大丈夫?」 「うん、平気」 弱々しく笑う姿は全く平気ではなさそうで彼の手を握った。母の手よりも冷たく、温もりを感じない。後ろにいる人が怪訝な目で見られているのを感じる。 「少し寝不足なんだ」 「いっぱい人が来てるから眠れないの?」 「それもあるけど、夜はここにライトがつくから」 彼は黒い機械を指差した。その横には看板が立っている。 『ライトアップ 19時〜』  僕は電気がないと夜、怖くて眠れないが彼には苦痛なのだったのだろう。人々が楽しそうに通り過ぎる傍ら、日に日にやつれていくのが見えた。 「電気消そうか?」 ライトは電源から抜くと消えることはその頃の僕にも分かってい見渡してプラグを探した。線を抜いたらライトはつかない。 「ダメだよ、君が怒られちゃうから。ほらお母さんが待ってるよ」 母が広場の入り口から手を振っている。 「私は大丈夫。あと少しの辛抱だから。またね」 柔らかな桜香る風に背中を押され、人混みから離れた。振り返ると30㎝ほどの枝を持った男性が女性と手を組んでいるのが見えた。 「返して。枝取っちゃダメなんだよ」 「うるさい、ガキ」 僕は彼らに詰め寄ったが追い払われ、地面に手をついた。 「翔太!」 母が僕を抱いて何故か彼らに謝る。 「すみません」 「ちゃんと見とけよ。クソガキをほっとかすなよ」 「お母さん、あの人枝折ってるんだよ」 「いいから」 僕の口を押さえて、何度も頭を下げさせられた。桜を見ていた人たちも騒動が気になるのか目を向けていたが、彼らに注意する人はいない。桜の枝を持って帰る後ろ姿を見送った。 「翔太、あんまり無茶をしないで」 「でも枝が」 「そうだよ。ああいう奴らと関わると危ないからな、怪我するぞ」 僕たちを見ていたおじさんが言い聞かせるように目線を合わせた。怪我なら彼がしている。夜も眠れていないのに枝まで折られて可哀想だ。取り戻すこともできず、悔しくて涙が溢れ出てくる。 「怖かったわね」 優しく撫でる母の手が今は煩わしかった。爽やかな風が吹き花びらが僕の頬に当たる。『大丈夫だから気にしないで』彼の声が聞こえた。
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