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進路指導室を出た俺はポケットから取り出したイヤホンを耳にはめ、音楽プレイヤーを再生する。重低音が激しく脳を揺さぶり、お気に入りのフレーズが軽やかに鼓膜をノックする。
この曲は、俺が幼稚園児の頃に放送していた野球アニメのオープニングだ。プロを志すキッカケになったアニメで、この曲は当時の気持ちを思い出すためのキーアイテムのようなものだ。
辛い時や苦しい時、この曲を聴けばいつでもアニメの主人公が心の中に現れ、「諦めるな」と優しく背中を押してくれた。高校に入学してからは、野球部の練習前にこの曲で気分を高めることがルーティーンにもなった。
「おう篤茂! なんだよ、また例のアニソン聴いてるのか!」
音割れマイクみたいなだみ声が、爽やかなボーカルを押し退けて耳に届いた。イヤホン越しでもうるさいこの声はアイツだ。俺はうんざりといった顔を作りつつイヤホンを外す。
「そんな嫌そうな顔するなよ! 恋女房だろ!」
我が野球部のエースピッチャー・土井垣涼はそう言って、ニコニコと人好きのする笑みを浮かべた。ついでにその恋人である吹奏楽部部長の……佐久間さん?も隣で笑っている。
俺は佐久間さんに軽く頭を下げた後、「恋女房ならそこにいるだろ」と皮肉を込めて涼に言う。
「部活中はお前が女房役なんだよ!」
「今は部活中じゃないから他人だ。話しかけないでくれ」
「今から部活行くんだから、もう恋人ぐらいにはなってるさ!」
馴れ馴れしく肩に回された腕をあしらい、部室に向けて歩を進める。待てよー!と涼も後ろから着いてくる。
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