私が桜を恐れる理由

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 それにしても、と心の中で呟く。  桜を見るとなぜ不安な気持ちになるのか。  目を閉じても花びらが散る光景が見える。どうして花は尽きないのだろう。散って、散って、散ってしまったら。花を失っても尚散らすことを強要されたら。いつか木の幹ごと根ごと空っぽになって、朽ちてしまうのではないか。そのうち目の前に、ただ大きいだけの黒ずんだ朽ち木が現れるのではないか。  私は気づけばその木の前へ立っていた。手を伸ばすと、ごつごつした表面にぬるぬると滑るものがあった。樹液だろうか。絡め取ろうとして指を這わせると、幹がぐにゃりと抉れた。爪の間にまで入り込んだのを感じ、慌てて手を引っ込めた。抉れた部位からつんと鼻を刺す甘い臭気が立ちこめた。 「桜ってさ」  不意に美桜が私の悪い妄想を打ち消した。今のは何だったのだろう。樹皮のぬめりもやわらかさも、不快とは言いきれない臭気も、現実かと思うほど確かだった。救いを求めて彼女の目を見た。
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