私が桜を恐れる理由

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 毎日でも会いたいとあれほど願っていたのに、美桜の入院先へは足が遠のき幾日も経った。  病院へ続く桜並木はもうほとんどの花を振り落とし、青空に何か縋るように腕を伸ばしていた。  病室の前に立つ桜には、まだ花は残っているだろうか。  病室のドアノブにかけた手が滑る。破裂しそうな心臓を抑えるように胸の前で拳を握ると、そっとドアを開けた。 「えっ、美桜……?」  そこには、呼吸器をつけた美桜がいた。いつもは上半身を起こしているのに、この日は寝たままだ。はあ、はあと苦しそうに息をしている。 「やだ、やだ、そんな、美桜」  動揺する私に彼女は手を伸ばした。私も握ろうと手を差し出す。  不意に私の手に、腐った桜の木を触った感覚が蘇った。もちろんあれはただの悪夢だ。だが私は耐えきれなくなり咄嗟に手を引っ込めた。  宙を掴んだ彼女の手はその場にだらりと落ちる。戸惑っているのか細い目の下で眼球がぐるぐると動いている。 「は、つ、み」  掠れた声で名前を呼ばれる。 「美桜……苦しい?」  そう尋ねた私の喉から何かが出そうになり、ごくりと唾を飲んだ。美桜のほうが苦しいはずなのに、瞬きした私の目からは生温かい液体が流れた。頬をくすぐるそれを手で拭うと、美桜が震える口を開いた。 「はなれたく、ない」 「美桜……」 「はつみと、いっしょに……」  彼女の頬をきらりと光るものが伝った。  私は思わず彼女から目を逸らした。その先で視界に入ったのは、最後のひとひらをはらりと落とした桜の木だった。
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