そんな趣味はないけれど、なぜか君のことが気になります

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 数日後。  大きな庭の見える大きな家の大きな部屋のソファで将太と渚が話をしている。 「へえ、本名は義光っていうの。男らしい名前じゃないか」  渚のイメージからすると、大きなギャップを感じる。渚のほうが合っていると将太は思う。 「お父さんは僕に勇ましい男になるようにって願ってこの名前を付けたみたい」  二人はお茶を啜ったりなんかしている。  大きなガラス張りの窓から見える大きな庭には大きな池があり、大きくて鮮やかな色の錦鯉が泳いでいる。 「それより早く宿題を片付けよう。わからないところがあったらどんどん訊いて」 「ずっと学校をサボっていたから、わからないところだらけだよ」  渚こと義光は、さくらこと将太に手伝ってもらいながら課題帳のマスを埋めていく。 「ところで、さくらさんは彼女いるの?」 「さくらって呼ぶな。寺田だ。彼女はいない」 「好きな人は?」 「好きな人・・・・いるよ。そんなことはどうでもいいだろ、勉強に集中しろ」 「はい」  義光はまた課題帳とにらめっこを始める。 「そのひとって可愛い?」  義光が顔を上げて尋ねる。 「何だ、集中できないやつだな」 「可愛いの?」 「可愛いよ。可愛いから好きになったんだ」  将太は照れてわざとふて腐れたように言った。 「じゃ、その人が恋人になるといいね」 「そう簡単にはいかない」 「寺田さんならモテそうなのに」 「残念ながらモテない」 「何なら父さんに頼んでみようか」 「アホなこと言うな」 「フフフ、冗談。僕だってそういうのに頼るのって大嫌いだから」 「それじゃ、お前は?」 「僕?」 「好きな子はいるのか? まさか格好いい男の子に惚れていたなんて言うなよ」 「大丈夫。好きな女の子はいるよ」 「ほう」 「片想いだけど」 「そんな子がいるんだ。可愛い?」 「もちろん」 「じゃ、頑張って物にしろよ」 「嫌だなあ、その言い方。それに今じゃ、その子と同じくらい好きな人がいるもん」  義光は将太を意味深な目でじっと見つめる。 「わかった、わかった。だけどその子と俺が同じ好きじゃ駄目だ。女に対しては愛している、だ。男に対しては好きだとか、憧れるとか、そんな感じかな」 「うん。何となくわかるよ」 「よし。その子に面と向かって、愛していますと言ってみろ」 「ええ?」 「そうすれば、女の子に対する好きっていう想いがもっとよくわかるはずだ。たとえ振られたとしても、うまくいったとしても」  将太と義光は目と目が合い、しばらく見つめあう。  将太はハッとして慌てて目を逸らした。 「わかったよ」  義光が言った。  夕方になって将太がその大きな家を出たとき、帰ってきた親分とすれ違った。  親分は外国製の高級車を停めさせて将太を見る。  後部座席の窓が開き、親分が顔を出して手招きをした。 「どうも苦手なんだよな、ああいう人は」  そう小さな声で呟きながら、将太は親分のところに行く。 「よう」 「どうも、お世話になります」 「義光とは仲良くやっているか?」 「はい。何とか今までの遅れを取り戻そうと本人も一生懸命頑張っています」 「それはよかった」 「学校には好きな子もいるようですし」 「ほう」  親分は嬉しそうに微笑む。 「もちろんこれは内緒ですよ」 「ところで、今度事務所のほうにも来てみないか?」 「え? とんでもない。僕は一生堅気で通すつもりですから」 「ふ、ははははは」  親分の笑い声が夕日の中に響いた。  義光の通う学校の昼休み。人通りのない体育館の裏に、セーラー服姿の女生徒と向かい合う義光がいる。 「僕と付き合ってくれませんか」  久光が照れながら言った。  女子生徒は俯いて黙ったままでいる。  少しの時間が過ぎた。  校庭に風が吹き、砂埃が舞う。 「ごめん」  義光も俯いたまま言った。 「ううん、違うの。あまりにも突然で。でも、嬉しい」 「じゃあ」  女子生徒はこっくりと頷く。 「やったー」  義光は子供のようにはしゃぎ、女の子の手を取ってピョンピョンと跳ねて喜ぶ。  長い髪の女子生徒もにっこりと微笑む。それは、将太を可愛くしたような微笑みだった。 終わり
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