そんな趣味はないけれど、なぜか君のことが気になります

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「済みません、済みません」  将太は通りを歩く人たちにぶつかり、突き飛ばし、かき分けて逃げる。その度に済みませんと律義に詫びていく。  ハイヒールの靴は店の中で脱ぎ捨ててしまっているので、ストッキングだけのほぼ裸足だ。スカートとカツラの長い髪をなびかせて走るが、風圧でカツラが取れて舞い上がる。  将太が走り去った後に、真面目風な中年のサラリーマンの男が長いカツラを頭にのせてキョトンとした表情で立っていた。  振り返って見ると、男たちはまだ追いかけてくる。  前を見ると、数人の男現れ、将太を見て何か言っているのが目に入った。中には携帯で話をしている男もいる。きっとヤクザの仲間で、将太のことを話しているのだろう。  前方の男たちも将太をめがけて走り出した。  慌てて足にブレーキをかけ、辺りを見まわし、近くのスーパーに逃げ込む。  女装したままの将太はレジを飛び越え、陳列棚に激突して商品を床にバラ撒いて奥へと逃げる。  追っている男たちもバタバタと店の中に駆け込んでくる。 「捕まったら殺されちまう」  そんなことを口にしながらさらに商品棚と客の隙間を縫って逃げる。  商品出し用の出入り口から中に入り、薄暗い通路を走り抜けて裏口に出た。  道の端の自転車やバイクが並んだところに、一人の男が大型バイクを停めようとしている。  将太はその男のところに駆け寄る。 「あの、済みません」 「は?」 「その、まことに申し訳ないのですが、そのバイクを」  その時、スーパーの裏口から男たちが飛び出してくる。 「ごめんなさい!」  そう言ってヘルメットの上から男を殴りつける。  バイクの持ち主は吹っ飛ぶ。  将太は片手でバイクのハンドルを持ち、もう一方の手を振る。 「いたたた」  男たちがすぐ近くまで駆け寄ってくる。  将太は慌ててバイクにまたがり、アクセルを開けてギアを繋ぐ。 「うわー!」  バイクはタイヤから白煙を上げ、前輪を浮かせたまま通りへと走り出す。  バイクを運転する将太は口紅の色も鮮やかに、長いスカートをなびかせてヘルメットもせずに走り去っていく。  大通りに出ようとした将太は慌ててバイクを停めた。  目の前に黒塗りの高級外車が何台も現れて道を塞いだからだ。 「まじか」  エンジンを吹かすと、歩道へと入り込み、通行人を押しのけるようにしてバイクを走らせていく。 「どいてどいてどいてー!」  車道を高級車が追いかけて走る。  将太の操るバイクは車道に出て、加速して走る。  追いかける車もたちまち加速する。  車と車の隙間を縫うようにしてバイクは走っていった。  追いかける車との距離が開いていく。  しかしすぐに信号で車の流れは止まり、狭い車間をバイクはすり抜けられずに停まってしまう。  数台後ろに停まった高級車が激しくホーンを慣らす。  無理矢理周りの車を押しのけるようにして、じりじりと後ろの車が近づいてくる。  信号が青に変わったとたんに将太はバイクを急発進させた。  前の車を避け、センターラインを越えて対向車をよけながら走る。  信号が赤に変わるのを無視して交差点を突っ切って走る。  バイクや車を改造し、大きな音を立てて道一杯を蛇行して走る集団を一瞬にして抜き去り走る。  右折しようとした背の低いポルシェが横断歩道を渡る女の子のために停まった。  車の間を縫って走ってきた将太は避けることができずにその後ろに突っ込む。  ポルシェをジャンプ台のようにして、バイクは空高く飛ぶ。  くるんくるんと空中で二回転してバイクは無事歩道に着地し、ほっとひと安心する間もなく地下鉄の入り口階段に突っ込む。 「うわー、どけどけどけー! どいてくれー!」  将太は絶叫し、バイクは逃げる人を避けて階段を下っていく。
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