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第一話 明晰夢
今日も道を急いでいる。
自転車を一生懸命にこぐ私だったが、こいでもこいでも体は前に進まず、風を感じない。
前から歩いてきた爺が、その場から動けない私をよそにぐんぐんと目の前に迫ってくる。その爺は、冷蔵庫の中で忘れたまま置き去りにされた色の悪くなったキュウリのような顔をしていて、髪の毛は一本も生えていない。
爺はおもむろに立ち止まり、歯が一本しか生えていない(しかも黒い)口を大きく開けて、まるで滑走路を走る飛行機のような音を出し始める。喉の奥で生み出される不快な振動が私の肌をピリつかせる。そして、くさい。
爺の歪な慟哭は、いよいよ高まり離陸直前のジェットエンジンのように空気を震わす。
その振動が最高潮に達した刹那、悪魔に首が折られたかの思うほどの素早さで横を向き、「ぺっ」と痰を植え込みに向かって吐き出す。
放物線を描きながら、朝日を反射する小さき爺の吐瀉物の煌めきを目で追うところで、私はいつも思い出す。
「これ夢やんか」
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