桜根性

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桜根性

「何でだよッ!」 サクラはムカついていた。 「あんなに仲良しだったのに……」 去年までの中学校時代を思い出すと涙が出てくる。 同じ高校に入ってすぐに軽音楽部に誘われた親友の梅ちゃんが、いきなりバンドを組んだのだ。 『The 松竹梅』。 バンド名を聞くと全然羨ましいとは思わない。 参加してもいいと言われても、遠慮したい。そんな響きがある。 でも、メンバーを聞いてサクラは卒倒しそうになった。 ドラム、松山翔! ドドーン! ギター、竹野内卓哉! ジャジャーン! そしてボーカル、桜川小梅! ババーン! 小梅からスマホに送られてきた写真を見るサクラ。 部室で撮ったメンバーのスリーショット写真。 超絶イケメンの松山クンと、長身で国宝級いい奴の竹野内クン。 学年男子のツートップを両脇に従えて、小梅の顔はどう見てもドヤ顔だった。 「クソッ! クソッ! クソッ!」 サクラの口をついて出るのは罵声ばかり。 「上り詰めたら、後は落ちるだけだからな」 サクラは小梅のアヒル口を見ながら、そうディスってみた。 『梅田サクラ』 それがサクラのフルネーム。 「梅ちゃん」こと『桜川小梅』とは幼なじみで、小学校からの付き合いだ。 『梅田サクラ』と『桜川小梅』。 どちらが「サクラちゃん」と呼ばれ、どちらが「梅ちゃん」と呼ばれてもおかしくなかった。 だが、小一の教室で明るく目立つ梅田サクラが先に「サクラちゃん」と呼ばれ始めた。 最初の頃は時々、二人同時に「ハイッ」と返事した。 友達たちは笑った。 先生も笑った。 二人も声を合わせてケラケラ笑った。 そして、次第に小梅が「梅ちゃん」と呼ばれるようになり、この問題は落ち着いたかのように見えた。 しかし、小梅は自分の名前が大キライだった。 その原因は「コウメ」が芸名につくお笑い芸人。 テレビで見る分には嫌いじゃなかったが、周りからモノマネを強要されるのが苦痛だった。 「♪ちゃんちゃ ちゃんちゃん ちゃちゃんちゃちゃん」 教室で突然の音楽とともに小梅はネタを振られた。 そんなの、急に何か考えろって言われても困る。ただただ、困る。 マジで……最悪だった。 そんな時にいつも助けてくれたのがサクラだった。 「きゅ~うにぃ ねたぁを~ぉ~ ふら〜れぇてもぉ~ なんにもでぇ~ませんよ~」 ここまでやってくれたら、あとは小梅がボソッと「チクショー」と呟くだけ。 それで集まってきた友達は気が済んで散っていった。 何ともありがたい親友の存在。 小梅はいつも心の中でサクラに感謝していた。 だから、先に「サクラちゃん」の呼び名を取られたことはさほど残念に思わなかった。 ただ、悔しいことが一つあった。 それは、サクラがモテたこと。 その点において、小梅は激しく嫉妬していた。 サクラはそんなことは露ほども知らなかった。 サクラにとっても梅ちゃんは唯一無二の親友だが、知らない面もかなりあったのだ。 小梅がサクラに対して抱いていた嫉妬心と同様に、サクラもサクラで梅ちゃんに言えない悩みを抱えていた。 「アタシ、タイプじゃない人ばかりからモテるんだよなぁ」 小学校の頃は運動神経が良く成績も上位だったサクラがクラスのマドンナだった。 クラスの全員がそう思っていたし、サクラ自身にもその自覚があった。 口数が少なく、ちょっぴり物憂げな雰囲気の梅ちゃんにはあまりスポットライトが当たることはなかった。 それが、中学に入ると同級生たちの価値観が劇的に変化したのだ。 明るく、勉強ができて、体育も得意。 そんな三拍子そろった陽気なマドンナ・サクラはいつの間にか「古い」憧れの対象になっていた。 サクラ自身も自分が「時代遅れ」になったことを認めざるを得なかった。 そして、新時代の価値観に合致した「新しい三拍子」を持ち合わせていたのが小梅だった。 ちょっぴりワルで、勉強はあまりできなくても字がキレイ。そして、時折見せるアンニュイな翳がある横顔……。 そういう近づき難いオーラと萌えるギャップ、それに加えて誰にも癒すことができなさそうな心に抱えた孤独感。 中学生になったクラスメイトたちが「カッコイイ」と思う新・三拍子を兼ね備えていたのが小梅だった。 メキメキと頭角を現す小梅。 小学生の頃は一度も学級委員に選ばれたことがなかった小梅が、中学二年生の三学期には何と生徒会長に選出されたのだ。 一応サクラも候補に挙がったが、圧倒的な票差をつけられ書記として小梅を支えることになった。 特筆すべきは中学三年生になってからの小梅の生徒会での活躍だった。 厳しかった生徒の髪型に関する校則を、小梅が先頭に立って校長や教頭と交渉し「自由」とする変更を勝ち取ったのだ。 「自由! 自由! 自由!」 校内全体に響く大合唱の輪の中心に最高のスマイルを見せる小梅がいた。 そこはまさしく「青春時代に一番まぶしく光る場所」だとサクラは思った。 スポットライトに照らされた歓喜の人だかりの外で、サクラはポツンと立っていた。 低空飛行を続けるサクラとは対照的に、小梅は完全にモテ期に入っていた。 甲乙つけ難いイケメンと秀才に同時に告白されて、どちらとも決め切れずに「ごめんなさい」と逃げる小梅。 一方でパッとしないごくフツーの同級生に同時に告白されて、どちらもタイプじゃないので「ごめんなさい」と即答して逃げるサクラ。 同じ「ごめんなさい」+「逃げる」のセットでも、雲泥の差があるとサクラは思った。 悔しい。 いつからこんなことになったのか? そして、高校生活が始まって間もなくの衝撃のバンド結成の報告。 「メジャーデビューするんじゃない?」 「武道館行っちゃう?」 「今からファンクラブ作っちゃおうよ!」 早くも舞い上がったクラスメイトたちが夢のような未来を予想し合う。 「おいおい、盛り上がりすぎだろ?」 教室で同級生の会話に聞き耳を立てながら、心の中でツッコむサクラ。 『The 松竹梅 武道館ライブ!』 ある? ないだろ? だいたい松山クンにしても竹野内クンにしても、メンバー名がどうかと思う。 二人とも下の名前が「翔」と「卓哉」なんだから、「ショウ」と「タクヤ」でいいじゃん? なのに、バンド名に引っ張られて「マツ」と「タケ」なのだ。 高校の公式ホームページに記された軽音楽部のバンドのメンバー紹介。 『The 松竹梅 Drums:マツ、Gt.:タケ、Vo.:コウメ』 「どうか黒歴史になりませんように……」と思わず願いたくなる。 そんなことを考えていたら、お調子者の男子生徒が教室に飛び込んできた。 「ニュース! 大ニュース!」 注目を一身に浴びる男子生徒。 「The 松竹梅が改名したって!」 「えーッ!」 どよめく教室。 「それのどこが大ニュースだよ?」 内心呆れるサクラにとっても、それは意外なことにかなりのビッグニュースだった。 男子生徒が入手したビラを配り始める。 『The 松竹梅 改メ ゛松竹桜!”』 「桜ッ!?」 サクラはその文字を見て、目が飛び出るほど驚いた。 『松竹桜!』にはご丁寧に『ショウチクオー!』とフリガナが書かれていた。 小学生の頃、サクラの隣で「チクショー」とネタのオチだけ呟いていた小梅を思い出す。 「えっと、メンバー紹介はどうなってるの……?」 恐る恐るビラを裏返すサクラ。 「『Drums:ショウ』……フンフン、やっぱりね」 松山クンについては納得。 最初からそうすれば良かったのだ。 考えてみれば、松山クンの姓の「松」も名前の「翔」も『ショウ』と読めるのだから。 うなずくサクラ。 「『Gt.:チックンタックン』……何じゃそれ?」 竹野内クンの竹を「チク」と読ませた上で、卓哉の「タク」と合体させた荒業。 一人なのに漫才コンビみたいな呼び名だ。 でも、『タケ』よりはマシかも。 ……いや、マシか? 多分、竹野内クンは迷走している。 そして……。 「『Vo.:サクラ』!!!」 出たッ! 出たよ。 マジか? 正気か!? 桜川小梅が、あの梅ちゃんが、『ウメ』を捨てたのだ。 どういうこと……? 唖然とするサクラ。 ビラに載っている小梅のアヒル口を見て、背筋がゾクッとなるサクラ。 「ホラーかよ」 全身の毛が逆立つほどの震えがサクラを襲った。 小梅が軽音楽部に入部して、バンドのボーカルになる。 それだけでもサクラは一人取り残された寂しさを感じていた。 中学までは別々のクラスになっても昼休憩には仲良しグループで集まっていたのに……。 高校に入ってからサクラは一人でお弁当を開く孤独な昼食時間を過ごしていた。 同じ校舎にいるはずなのに、連絡は事後報告のSNSだけ。 たまに廊下で小梅を見かけた時は、あえて気づいていないフリをするようになっていた。 イケてる小梅と、イケてないサクラ。 小梅とは完全に歩いている道が分かれてしまったとサクラは感じていた。 そんなことは誰からも指摘されないが。 そもそも、もう二人を親友もしくはライバルとして比較する友達すらいないのが現実だった。 軽音楽部という未知の場所に一人で勇敢に飛び込んでいった梅ちゃん。 そこは、歌が苦手なサクラには踏み入ることが出来ない場所だった。 「フン、たかが音程を守れるだけじゃねえか」 サクラは心の中で毒づいた。 歌を歌うなんて、所詮決められた音程を守って声を発する作業だ。 小梅はその作業を忠実にこなせるだけに過ぎない。 音程を守る。 「なぜそれが小梅には出来て、自分には出来ないのか?」 サクラは不思議だった。 思い返せば、朝起きられずに登校時間までに小学校に来られなかった小梅。 遅刻の常習犯だった。 指定されたランドセルをオシャレにアレンジして、先生に怒られたこともある。 小梅にはルールに逆らう気質が早くからあった。 そして、中学では絶対揺るがないと思われた髪型の校則まで変えてしまった。 決められたルールをことごとく守らないのが桜川小梅ではなかったのかッ! それに対して、サクラは決まり事にはキッチリと対応できた。 小学校入学以来、無遅刻無欠席は当たり前のこと。 制服もカバンも「ダサい」と言われようが、一切カスタムしなかった。 中学でも生徒手帳に載っているイラスト通りの真っ直ぐな前髪で通っていた。 決められたことは守れる人なのだ。 「なのに、音程だけは守れないのかよッ!」 自分自身に毒づくサクラ。 人生で唯一決められたことから踏み外してしまうのが「歌うこと」だったのだ。 そんなサクラを気遣って、梅ちゃんはサクラをカラオケに誘うことはなかった。 歌って発散したい時は、小梅は誰か他のクラスメイトと出かけていた。 その点については、サクラは仲間外れだと感じることはなかった。 それほど人前で歌うことがサクラにとっては何よりも苦痛だったのだ。 そして、サクラの知らない所で小梅の歌唱力はウワサになり、高校に入ってすぐに軽音楽部に誘われたのだ。 「ただ、音程を守れる」 それだけでそんなにエライのかッ! チヤホヤされるのかッ! サクラは心の底から湧き上がる憤りを感じた。 百歩譲って、一人放置された高校でのサクラの境遇は仕方ないとする。 自分が努力して友達の輪を広げようとしないのが悪いのだ。 小学生の頃、最初はサクラが梅ちゃんを守る立場だった。 それが中学の途中から逆転し、終盤は明らかにサクラが小梅に依存していた。 だから、同じ高校に入ったからといって小梅の隣の場所をサクラがキープ出来なくなったことに文句は言えないと思う。 でも、教室の隅でくすぶっている元・親友に対してそれはないだろ? 大好きだったアンタの隣の居場所を失ったアタシ……。 そんなアタシから、さらに名前まで奪うの? アンタが「サクラ」なら、アタシは誰だよッ! いっそ、「昔から私はアナタになりたかった」なんて告白を小梅がしてくれればシビレる展開だぜ。 サクラは空想に浸った。 「イケてる桜川小梅の憧れの対象が梅田サクラだった!」 そんな伝説の人として再ブレイクできたら最高だよ。 でも、そんなうまい話にはならないだろう。 現実に戻るサクラ。 実世界はそう甘くないのだ。 『Vo.:サクラ』と書かれたチラシにもう一度視線を落とすサクラ。 サクラは「サクラ」という名前が嫌いになった。 見るのもイヤだ。 サクラは窓の外を見た。 入学式の時にはまだ少し花が残っていた校庭の桜の木。 今は生命力にあふれる若葉を身にまとい、鮮やかな新緑の葉の上でキラキラと太陽の光を反射させている。 「眩しいよ……」 窓際の席のサクラはカーテンを閉めようとして、その手を止めた。 「梅根性に柿根性」 最近読んだ新聞のコラム記事を思い出す。 梅は煮ても干しても、とにかくスッパイ。 なので頑固者、もしくは一途な頑張り屋さんという意味を込めて「梅根性(うめこんじょう)」と言うらしい。 「柿根性」はその逆。 渋柿は干すと一晩で甘くなるので、一見頑固そうに見えても変わりやすい性格の例えだそうだ。 だったら、「桜根性」は? 「咲いた時には誰よりも魅力的な姿に変身してやる」 そう思って次の春を待つ「ド根性桜」のイメージが頭に浮かんだ。 「そのために今は出来るだけたくさんの力を吸収しないと!」 意固地に一人で孤独を抱えている場合じゃない。 名前に「梅」と「サクラ」の両方が入っているサクラだ。 「今は頑固者の悪い面が出てしまっているぞ」 サクラはそう自戒して、再び校庭の桜の木を見た。 「早咲きだったアタシは、今は力を蓄える時……」 これからは色々な友達と付き合い、幅を広げていこうとサクラは思った。 同じ「桜」と「梅」を名前に持つ梅ちゃんも、いつかサクラの助けが必要になる時が訪れるかもしれない。 その時には手助けが出来るように、ウンと枝を伸ばして梅ちゃんに手が届くようにしておきたい。 「今に見てろよ。やってやるぞ!」 捲土重来を心に誓うサクラだった。 (了)
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