繋がる、想い

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繋がる、想い

 暖かな春に咲き乱れる桜。  複雑な想いが心の裡を過ぎる。死んでしまった美桜との記憶が甦るからだ。  美桜の願いを遂げるため、結は性的マイノリティの人たちも含め、社会での様々な生き辛さを抱える人々をサポートするため、福祉保健局員として働いている。自身もトランスジェンダーとして生き、傷ついたり思い悩んだことも多々あり、それは現在進行形の問題でもあったが、その経験を活かすことができているという実感も徐々に得られていた。  夏美は性自認、性的指向をカミングアウトしたことで、学校や会社からハラスメントや差別を受ける人たちの実態を知った。自治体による性的マイノリティへのサポートやパートナーシップ宣誓制度で、以前より問題が改善されている面はあるが、個々人の理解や法整備はまだまだ足りていない。  ハラスメントや差別の辛さに耐えかね、自ら生命を絶ってしまうケースも多く、そうした苦境に立つ人を助ける手段として、夏美は弁護士の道を選んだ。事案が尽きない一方で、生命を繋ぎ止めるために個人や会社を相手取って奔走する忙しい毎日を送っていた。  三十路を目前に控えるその年、夏美は結と共に美桜の墓前へと向かった。仕事は立て込んではいたが、毎年この日だけは必ず墓参に訪れている。  旬よりも早いシャインマスカットと百合の花を墓前に供え、夏美は眠りにつく美桜に報告した。 「美桜、わたしも結くんも、美桜の望む世界に近づけるようにがんばってるよ。法律でパートナーシップ制度が認められるかも知れない、そこまで来てるんだ。少子高齢化も喫緊の問題だから、すんなり通るとは思わないけれど。でも、もう少しで美桜の願いに手が届く……だから、もう少しだけ、待っててね」  花零れをさざめかせて、柔らかな風が夏美と結を包むように優しく吹き抜けて行く。そのひとひらが、口づけするように夏美の唇にすっと触れて舞い上がり、青空へと溶けて消えた。  結が、くすっと笑いながら呟く。 「三十路まで取って置いたファーストキス……榎木さんに()られちゃったね。ちょっと、()けちゃうな」  夏美は恥ずかしさに結の右肩を軽く叩いて抗議する。叩かれた結も悪い気はしていなかった。  結に並び立ち、榎木家の墓石を前に夏美は小さく囁いた。 「結くんも……もうちょっとだけ、待っててね」 「うん。十二年なんかあっという間だったし、社会も少しずつ変わってる。でも、僕は変わらずいつまでも君を待ってる」  夏美は微笑み、霊園のはるか向こうへと視線を移す。  その先はいつか見た、薄くかかる桜雲が、気を失いそうなほど遠くの地平線を薄紅色へと染めていた。  春という季節の到来を、待ち望む心。  桜花爛漫(おうからんまん)に、心が(おど)る。  美桜の想いを繋ぐ、新しい人生を歩み続ける日々のなかで、夏美は、再び春と桜を愛することができるようになっていた。
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