特別はいらない

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 「……泊まってく?」  「……ううん」  「お願いって言ったら?」  「……ずるい」  「うん、ごめんね」  甘く蕩けるような声で囁かれると、思考まで溶かされてしまう。ぼんやりと目を開ければ、思ったよりも近くにいて心臓が跳ねた。  世界中のひとから愛されているその顔立ちに惚れ惚れする。美人は飽きない、自分とは全く違う顔の造りに感心さえしてしまう。こんなに至近距離で見ても毛穴ひとつないなんて、綺麗なひとって凄い。  「……そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど」  見られることが仕事だろうに。常に多くのひとの視線を集めているだろうに。僕なんかに見つめられただけで、耳を赤くして、口元を手で隠す翠がかわいいと思った。  「翠、」  「うん?」  「……なんでもない」  僕は、今、何を言おうとした?  ぼんやりとしていた頭からようやく霧が晴れた。冷静になって口を噤んだ僕の肩に翠が顔を埋める。  「……何言おうとしたの」  「…………秘密」  言えないよ。  貴方に贈る愛のメッセージなんて、持ち合わせてないのだから。
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