夜の帳が下りたあと

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 時刻は零時を過ぎた頃。ここからのシフトは僕ひとりだけ。今日も今日とて暇だなぁと時計を眺めていれば、珍しく入店音が店内に鳴り響く。レジからやる気のない「いらっしゃいませ〜」で気持ちばかりのお出迎え。    ホワイトブロンドの派手な髪を肩まで伸ばし、キャップを目深に被った背の高い男。らこちらを見ようともせず、そそくさとお酒のコーナーに足を進める。  数分と経たないうちにレジにやってきた男は、ガコンと荒っぽく缶ビールを二本、僕の前に置いた。  なんかキレてる?  そう思うけれど、マスクで顔の半分以上が覆われているから、彼が怒っているのかすら分からなかった。  着けている時計や取り出した財布がギラギラしている。ブランドに詳しくない僕でも高級だって分かる。きっとこの人はアルファなのだろうと推測できた。  だけどあまりじろじろ見るのもよくないなと思って、缶ビールをスキャンすることに集中した。  時期的に花粉症なのだろうか、彼がすんと鼻を啜る。一度では治まらず、続けてすんすんと何かを確認するように。  カードを取り出そうとしていた動きを止めた男は、一瞬固まった後、キャップの鍔を持ち上げた。  まるでスローモーション。  隠されていたぱっちり猫目が僕を射抜く。  その瞬間、何かが弾ける音がした。  ――この人を僕はずっと待っていた。  たんぽぽの綿毛がふよふよと漂うみたいに心が踊る。穏やかなそれは心地良くて、春の陽気に誘われてぽかぽかと暖かい。ずっとこのままがいい、そう思ってしまうほど。
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