夜の帳が下りたあと

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 もしあの言葉が本気だったらどうしよう。  明日、明後日はシフトが入っていない。その間に来店してしまって、飽きられてしまったら……。そう思うと、絶望で胸が張り裂けそうになった。  相手は芸能人。期待なんてしたくない。もし叶わなかったら必要以上に傷ついて、悲しみに溺れてしまうから。  もっと男らしく、どんと構えられるひとになりたかった。腕で顔を覆って、ないものねだりをしてしまう。全てを吐き出すように大きく息を吐いて、一番に浮かんできたものはひとつ。  ――会いたい。  それはあまりにもシンプルな答えだった。    目と目を合わせて、香りを確かめて、そして彼に触れられたい。そんなことを考えている自分が恥ずかしいのに、その答えは変わらなかった。 ‪ 𓈒𓏸  二日挟んだ次の出勤日、僕はいつもより念入りに髪をセットしてコンビニに赴いた。平凡なことを理解しているからこそ、少しでもマシな姿で彼に会いたかった。  普段は重たい足取りも、今日ばかりはスキップでもしているかのように軽やかだった。  淡々と決められたルーティンをこなすけれど、彼が訪れる気配はない。ただ時間ばかりが過ぎていく。  時計を何度も確かめては、数分しか経っていない事実にため息を吐く。小さな石ころが胃の中に溜まっていくような感覚が不快だった。  そして結局、その日suiがコンビニに来ることはなかった。  当然だ、この国で一番売れているアイドルはそこまで暇じゃない。そう自分を慰めるけれど、心の奥はしくしくと泣いていた。
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