憧れ

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憧れ

「君の目標はいったい何だ?」 あの日、私が先輩に言われた言葉が、 今でも脳裏に響く。 1年前のある夏の日。 私はダンス部に所属しており、 個人戦で決勝まで上がれた。 だが、決勝戦でバランスが崩れてしまい、 優勝はできなかった。 私は、一人体育館裏で泣いていた。 すると、カキンッと音が聞こえ、私の近くまで野球のボールが飛んできた。 「すみませーん。ちょっといいですか?」 そのとき、彼が来たのだ。 「………大丈夫ですか?」 彼は、一つ上の先輩の野球部員だ。 「…いえ、大会で負けて少し涙を…」 「…………」 気まずくなってしまった。 まあ、仕方のないことか… 「あんなに頑張っていたのに…  残念でしたね…」 「え?」 いきなりそんなこと言われたので、 少し、裏返った声が出てしまった。 「君、毎日遅くまで一人で残って練習していたでしょ?  君のような、努力できる人が絶対結果を残せると思っていたんだけどね…」 なんか、恥ずかしくなってきた。 見てくれるために練習してきたわけじゃないから、余計恥ずかしい。 「あ、いや、別に変な意味で見ていたわけじゃないからね!?  たまたま目に入っただけだから!」 この人は面白い。 先輩だけど、からかってやるか。 「本当ですかぁ~?変な目で見ていたわけじゃないですよね?」 「本当だって!!信じてよ!」 その場で、二人揃って笑っていた。 あんなに、悔しんでいた気持ちがバカみたいだ。 「そういえばさ、君の目標はいったい何だ?」 「え?」 「君の目指すべきものだよ。  その目的はなんなのか知りたくてね。」 「え…えぇとぉ…」 そんなこと考えてもなかった。 私は親の影響でダンスを始めただけだ。 優勝すれば誉めてくれる。 成績も上がる。親も喜ぶ。 ただ、それが気持ちよかっただけだ。 「もしかして、目的もなくやっていたの?」 「………はい。」 「そんなのもったいないよ。  君は努力できる子だ。努力は誰にでもできるが、決して誰もが続けられるとは限らない。  君はその中でも努力し続けられる子だ。  その努力はとても素晴らしいものだと思う。」 「………そうですか…」 「君は本当にスゴいって自覚した方がいい。  そして、なぜ勝てなかったのがようやく理解できたよ。  君は、ダンスに目標と喜びを感じてなかったんだ。  君は、誰かのために踊っていたんじゃないか?  それは、とても素晴らしいことだと思うが、  そうじゃない。結局は自分の喜びを感じないと、頑張れないものだ。  君の目標はいったい何だ?  このことを考えれば絶対勝てるよ。」 このときの言葉が深く心に刻まれたのだ。 私は今年、無事個人戦で優勝できた。 あの人のお陰であったのかもしれない。 また、会えるのなら、お礼を言いたいな。 今年は先輩はもう卒業していて、 大学に行ったと聞いている。 大学でも野球を続けていると、 同級生から聞いたのだ。 元気にやっているのかな?と、 考えながら歩いていると、前からギプスをつけた男性が歩いてきた、右端により道を譲ると、 「あれ?先輩?」 「ん?君は…」 ギプスをつけた男性はあの日の先輩であった。 いったいどうしたんだろう… 「去年、体育館裏で泣いていたダンス部の  ヒヨリです。あの件はどうも。」 「あ、あぁー。あのときの!  偶然だね。お久しぶり!」 「はい。あの日先輩が言った、  目標は何か、その事をずっと考えて、  日々練習してきました。  そして目標も決まり、私は無事、  個人戦優勝できました。  本当にありがとうございます!」 「おぉー!スゴいじゃん!おめでとう!」 「はい!ありがとうございます!」 先輩に誉められて、私はとても嬉しかった。 「ところで、そのギプスはどうしたんですか?」 「あ、あぁ…これか。  実は骨折してしまってね……  今の実力でもいったい、メンバーに残れるのかどうか…」 「え!?大丈夫ですか!?  先輩なら、頑張ればレギュラー取れますよ。  頑張ってください。」 「ありがとうね…でも、僕と同じとこ守ってる子は、上手いし正直、勝てるかどうか…  バッティングも、スイングに迷いがなくて、  ミートも上手くて本当にスゴいよ。」 彼は、ライバルのことを熱弁していた。 「───先輩はその人に憧れてるんだね。」 「まさか、僕はあの人のことを妬んでいるよ。  あと、怪我さえしなければどうってことない。」 「いや、先輩はその人に憧れてます。」 思い出すだけで、その人のことについて熱弁できる。 それを憧れと知らないままにするのはもったいなくて…… 人への憧れは正しい道に歩み出せる力になる。 だって、。 先輩にも気づかせたかったから。 「……ごめん。僕も意地張っちゃった。  君の言う通りだよ。  ………ありがとうね。気づかせてくれて。」 「いえ、私の方こそありがとうございます。」 これが、恋へ発展するきっかけとなったのは、また別の話。
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