秋芽(シュウガ)と亜玖斗(アクト)の場合 後篇

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秋芽(シュウガ)と亜玖斗(アクト)の場合 後篇

 ガヤガヤとした声が、雑音みたいで妙に何だか怖くなった。  「あの…さぁ…これ歓声? 悲鳴?」  僕は、やっと声を振り絞った。  「…あれじゃねぇ? 噂になってた事が、事実っぽく見えたからだろ?」  噂って?  「なんか、自然な距離感? お似合いっぽくも見えるよな…二人のやり取りみたいな?」  「クラスの女子連中も、仲が良いってよく言ってるし」  「今日だって…昼休みや放課後、俺が、行くまで話し込んでたんだろ?」  甦るキスした記憶と、触れた唇の感触と息遣い。  思考が、グルグルした。  思わず僕は、その場で下を向いて動けなくなる。  「 亜久斗、大丈夫?」  ヤバイ。  顔が、熱い。  試合に勝ったよりも、赤面したままじゃ顔が上げられない。  一段と強くなる心臓の音が、落ち着いてくれない。  ざわめき同士が重なると耳鳴りのような感覚に陥る。  無音?  とは、違う。  でも、なんか…  やけに周りが、静かになったような… 顔を僅かに上げると、見慣れたスニーカーが、僕の前で立ち止まった。  それと同時に誰かのタオルが、頭からスッポリと掛けられると僕は、そのスニーカーの主によって抱きかかえられた。  「秋芽 ?!」  歓声が、歓喜な悲鳴に変わっていく。  語彙力不足で、えっ、なんで、しか出てこない。  「もう、連れてっていい?」  「あっ、ハイ。どうぞ」  これが、たまに話題になる?  お姫様抱っこ?  「じゃなくて、秋芽 !!」  「タオル。被っとけ…」と耳元で囁かれる。  「じゃ!」  周りは、見れないし…  後ろは、振り向けないし…  秋芽の顔は、もっと無理だし…  こんな退場の仕方、絶対に付き合ってるとか、思われるだろ?  抱きかかえられて、添えられた手に力が込められてる感覚がある。  「取り敢えず。降ろしてって!!」  「…………」  本当に取り敢えず。  門の外で、やっと降ろしてくれたけど…  どう言うつもりだよ?  男を、お姫様抱っこって…  誰に見せ付けるんだよ。  そんな僕の問いに秋芽は、牽制とだけ答えて夕飯の買い物に付き合ってくれると、約束してくれた。  その日の深夜頃の話しだ。  何が、あってこの状況に繋がるんだ?  どうして亜玖斗は、俺の隣でスヤスヤと…  いや…なんで当然の様に腕枕で寝ているんだ?  そもそも…  腕枕なんってした覚えがない。  一緒に寝た (雑魚寝) した記憶もない!  確か…  校庭から亜玖斗を、お姫様抱っこで連れてきて…  色々あって、買い出しに付き合うよってなって…  えっと、それから…  国道を渡ろうとしたら急に信号機が、暗転したまま車も歩行者も動けなくなって…  程なくして、警察官が到着。  亜玖斗も俺も、様子を伺っていると。  送電線だか、鉄塔? 変電所とか、2ヵ所同時の落雷で、送電がストップ。  大規模停電になってるとか…  なんとか…  警察官達の的確な指示に従い誘導されるまま歩いて来たが、大規模停電と言うことは電車は、勿論ストップ。  停電による交通障害でバスは、遅延か、運休。  それでもバス亭には、長蛇の列。  その様子は、今日中に自宅に着けそうもないレベルで、そんな人の列を眺めながらボッケっと突っ立ってる俺を、亜玖斗は自宅アパートにと呼んでくれた。  時間も、6時半過ぎってよりも7時ごろと言ってもおかしくない時間帯だった。  隣の市から電車とバスを乗り継いで高校に通う俺としては、有りがたいが…  あの通り。 魔が差したと言うか、やらかしたと言うか…  1回キスして、亜玖斗が逃げていかない事を良いことに、もう1回キスして屋上階段の踊場の壁に押し付けたのは、不味かったよな?  って何を…  走馬灯みたいに、思い起こしてんだよ俺は !!  しかも非常時とはいえ…  俺1人で、部屋に行くとか…  友達で押し掛けた事は、何度かあるけど…(数えた程度)  今日は、俺1人。  「…………………」  なんも、期待してねぇけど…  どこかで、否応なしに期待している自分が居る。  「どうかした?」  「? …何でもない」  「そう」  顔も容姿も整っていると言うよりも、その辺にいる女子よりも遥かに綺麗だし。  スポーツも、出来る。  成績も、そこそこだって聞くし。  入学した頃から。  目立ってたしなぁ…  同じクラスで、ラッキー的な?  でもまぁ…俺は、こんなんだし。  亜玖斗とは、縁が薄そうで…  それでも、ずっと見ていたい感情は、消せなくて…  ずっと、気になって…  ずっと、モヤモヤしたままで…  まぁ…最初から亜玖斗にマジ惚れしてたんだと思う。  最初は、喋られる友達ぐらいでと、軽く思ったけど亜玖斗のあの見た目。  “ あぁ…これは、出遅れたらダメなやつだ ” と、悟ってからの行動は早かった。  その日の内に、  普通に告ろうと思い付たけど…  中々、事が思い通りに、運ぶはずもなく。  一言でもと、声を掛けるのに徹した。  それぐらいなら変に思われないだろう。  でも、最初は…目も合わないぐらいで…  挨拶なのに…「うん…」 って、流されただけで、無視された訳でもなさそうだったから。  それからは、朝に休み時間に話し掛けた。  いつの間にか、昼休み皆で飯食ったり。  たまに仲間うちで遊んだり。  2人して出掛けた事もある。  ( まぁ…特に何もなかったけど…)  そんな状態が、続いてて今日の放課後に繋がる…  取り敢えず。  平常心で…  とは思ったけど…  俺の存在や恋愛観を噂で知っているはずと言われてる亜玖斗の本心が知りたい。  結構、打ち解けてきている気がするけど…  本心が見えてこないのは、やっぱり。  その複雑だと噂されている生い立ちが原因だっりするからか?  俺も、何となく知っているぐらい。  亜玖斗のことは、気になるけど俺が、詮索していい訳じゃねぇし。  これが、亜玖斗の秘密なんだと思っているから。  無理矢理本人の口からなんって、聞こうとは思ってない。  ただ…  亜玖斗の家は、かなり複雑で…  揉み消し必須の噂話で、自分の世話をしてくれる家政婦さんのような人が、たまに出入りするだけで…  借りている部屋には、母親も居なければ、父親も居ない。  確かに見たことは、一度もない。 家政婦さんらしい人とは、何度か会ったかなぁ?  それぐらい。  そんな噂で言う。  亜玖斗の親は、世間一般で言う所の名のある人と、その愛人の間に生まれた子とかで…?  亜玖斗は、産まれてこの方、一度だって名前も姿も、公表されていないらしい。  世に出回ったら。  出した人間を特定した上で…  …何タラかんタラ…  所謂、暗黙の了解と言うやつらしく。  母親もまた身を、隠すように姿を現さない。  一説によると、金を掴まされ国外に居て自由な暮しを、満喫してるとか…  亜玖斗のあの容姿だから。  大物芸能人なんじゃないかとか…  その一方で、父方は一応と言う形で亜玖斗を認知して支援を受けさせているが…  正妻さん側は、亜玖斗を認めたくないらしく。  家に入れない事、親子とは名乗らない事、親族として関わらない事が認知の条件で…  日々の平穏を、約束されているらしい。  …とか…  まぁ…  何って言うか、そう言う。  ざっくりとした所説がある。  で…  これも…  腕枕には、関係ない。  落雷で、大規模停電で電車は、ストップ。  バスは遅延、運休。  帰れそうもない俺を、亜玖斗が善意で部屋に泊めてくれることになって…  それは、さっきも言ったし散々…世話をやかれた。  仮にそれが、本当だとしても…  亜玖斗は、亜玖斗だ。  ダメだ。  思考が、明後日を向こうとしている。  停電が、分かって即自宅に居るはずの家族に電話したが…  スマホの回線がパンクしてか、一度も繋がらず。  亜玖斗の助言で、メッセージなら繋がるんじゃないかと言われ。  今日は、亜玖斗の部屋に泊まる事になったからと、メッセージを送ると、了解。と言うスタンプが送られてきた。   ( ウチの親は、俺が亜玖斗を好きだって、知ってるし。世話をやかれてるのも、承知してるらしい )  ナゼ。  バレてるかは、疑問だけど…  部屋に泊めてもらえる事になり。 泊まるのに必要なモノを、買い揃えるためにと亜玖斗が、よく利用している近所のスーパーに立ち寄った。  元々、そこで買い出しをする予定で、俺も立ち寄ると言った場所だけど…  「衣料品も売ってる。スーパーって、珍しくないか ?」  「まぁ…この辺り、単身者向けの部屋とかウィクリーマンションが多いから。需要が有るんだって、店長さんの奥さんから聞いた」  「本当に神だよ。このスーパー」 亜玖斗は、クスクスと笑った。  うん。  この笑った顔が、一番好きだなぁ…って、見下ろす俺の姿が、亜玖斗からすれば、どんな風に見えているとか…  気にならないはずがない。  「秋芽は、何か食べたい物とか…ある? お惣菜が、半額らしいから」  「えっと、メンチとエビフライ…」  分かった。と、パックを手に取り買い物カゴを手にレジに向かう。  カゴ中には、同じエビ料理でも海老チリと春巻が入れてある。  そう言えば、こってりした系の味が好きだとか言っていたけど…  中華風も、食べるんだ。 って言うか、中華が好きなのかも知れない……って、  「亜玖斗。ここは、俺が払う! 一宿一飯…ニ飯になるかもな、お礼だ…」  キョトンとした亜玖斗だったが、ありがとうと言い。  俺の後ろに、亜玖斗は並んだ。  「ご飯は、市販のレンチンをお湯で温めれば食べられるし…」  「停電時って、お湯出るの?」  「出ないんじゃないかな? 給湯器って電子機器だし。全部かは分からないけどね。…それでも、僕の部屋のガスコンロは、着火が電池式だから。お湯は沸かせれるよ」  そんな事を言いながら。  亜玖斗の部屋があるアパートに向かって、歩き出した。  「今が、夏場近くて幸いしたな…これが冬場だったらと思うと、ゾッとする…」  「そうだね。でも、雲行きが怪しくなってきたし風も若干冷たくなってきたから雨が、降るかもよ」  確かに吹き付ける風が、ひんやりしてきた。  「なぁ…もしかして、落雷って…ゲリラ豪雨的なやつが来て?」  「…かも。落雷さぁ…送電線と変電所に落ちたらしいよ。ニュースになってる…ホラ」  亜玖斗のスマホを覗く。  「ねっ…」  「ホントだ」  確かに遠くで、雷鳴がなっているようにも聞こえる程に、どんよりとした分厚く重苦し雲が立ち込めている。  「この季節でこの時間は、まだ明るいし。この暗さは、不気味だね」  そう言い合いながら。亜玖斗の部屋に辿り着いた。  出されたスリッパを履き亜玖斗の後ろを付いていく。  部屋の作りは、1DK。  キッチンや水回りを抜けた先が、亜玖斗の部屋と言う作りで…  何って言えばいい?  今の俺…大丈夫か?  亜玖斗と、一緒に朝まで…  ここは、気を引き締めて!  何を、奮い立たせてるんだよ。  俺は!  もっと、こう冷静に…  無心で…  「秋芽は、適当に座ってて…」  「あっ…うん」  亜玖斗の部屋には、テレビがない。  理由は…  「動画は、好きなんだけど…テレビは、好きじゃないから。昔からラジオ派…」  亜玖斗の話だと、ローカルのラジオ放送の他にこの町では、タウンラジオも放送されているそうで、気分によって局を、かえているそうだ。  ただ…  「今日は、天候のせいか入りが悪いね。AMの方が良いかも…」  慣れた手付きで周波数を合わせると… ラジオ局のアナウンサーらしき人の声が、停電がまだ続いていることや、これか局地的に大雨が降るおそれがあることを、伝えてくれた。  「そう言えば秋芽は、スマホの充電大丈夫そう?」  「あぁ…半分くらいかな?」  「半分 ? なら無くなりそうな時は、言ってね。モバイルバッテリーとかあるから」  「うん。分かった…」  言えない。  何で、スマホの充電が半分以下なのか…  理由は、簡単。  屋上から…  亜玖斗の試合を、写真や動画で撮っていたとか…  口が裂けても、言えない。  ここだけの話し。  俺のスマホの写真や動画の被写体が、略亜玖斗とか…  マジで、もっと言えない。  「あっ…秋芽ちょっといい?」  「えっ!」  「何…えって?」  「いや別に…で、なに?」  「やっぱりお湯は、出ないらしいから。水しか出ないっぽい」  「大丈夫。水が、出るだけマシじゃねぇ? 夏場近いし。この気温なら。網戸開けて過ごせなくもない。泊まらせてくれるだけで、ホントに助かる…」  「そうなの?」  あのまま自分の仕出かした事に対して不貞腐れて、帰らなくてよかった。  「それにしても、あの近所のスーパーの店員さん達。いい人達だな…」  「そりゃ…一日置きに買い物に行ってるし。今日も、帰りに行くはずだったから。これでも、一応常連さんなんで…それに、あそこは個人商店だから開いてると思ってたから焦らずに居られた」  「でも、個人商店ならこう言うイレギュラーな出来事って、ヤバいだろ? 生鮮食品とかさぁ…」  「まぁ…確かに、個人経営らしいけど、あれだけの店舗だから。店直結の大型の冷蔵庫や冷凍庫。仕入れに遣うマイナス20度以下を維持できる冷凍車も有るから平気だって言ってたよ。明日の朝までならギリなんとかなるってさぁ…」  「そっか」  …そっか、じゃねぇよ。  何って言うか…  放課後、略無理矢理キスしてきたヤツが隣にいるって状況で、部屋に招くとか…  いや…  不足の事態で、親切心だって事は、分かるけど…  警戒してるように見えない。  無防備じゃねぇ?  「僕これから。夕飯の準備するから水しか出ないけど、水のシャワーで…大丈夫なら浴びてもらって良いし。タオルや部屋着なら貸すし。ちょっと待ってて…」  うすぐらい部屋の中をスマホのライトを頼りにラックからTシャツと短パンを取り出し…  俺に押し付ける様に差し出して… つまずいて…俺の腕を掴んだ。  「あっ…ゴメン! 薄暗くて…」  「あぁぁ…うん。あの…ありがとう。えっと…じゃシワーでも…」  「どうぞ……」  ぜってぇーっ亜玖斗も、気まずいって思ってるだろ?  亜玖斗は、俺にキスされた側だし。  警戒してるに決まってる。  俺は、これ以上何かをやらかさないように…  気を付けよう。  そうだ!  この水のシャワーを、おもいっきり頭から被って、冷却させて…  とも、思ったけど…  サッパリと汗が引いたくらいで、邪な考えが、俺みたいな低俗なヤツが、水を浴びても効果なんってなかった。  「大丈夫だった?」  「あっ…うん」  普段から髪をドライヤーで、乾かす事なんってしてないから貸してもらったタオルで、頭を軽く拭いた。  座卓のテーブルには、キャンプみたいにロウソクが立てられ懐中電灯も棚の上に置かれていた。  座卓のテーブルの中央には、丁寧に大皿に盛られた惣菜に小皿等が、並べられていた。  なんかキャンプみたいだね? 何って、考えることは同じで吹き出したり。  たわいもない話をしたり。  付けてるラジオの音楽とか、アナウンサーさんの軽快な口調に少し聞き入った。  電気こそ点いていないけど…  きっと、亜玖斗はこうやって…  毎日飯食ってるんだよなぁ…とか、思った。  一緒に後片付けしてから出された課題を解いたり。  その間、雨は強くなったり。  弱くなったり。  止んだり。  時折、聞こえる雷鳴は遠く過ぎて聞き逃す感じで、そこまで心配しなくても平気か? 何って考えてたら。  急に…   “ 寝る前に、シャワーでも浴びてくるよ… ”  何って言い出すから。ワタワタしながらスマホで、音楽再生してイヤフォンを両耳に突っ込んだ。  シ…シャワーの音とか…  マズイだろ?  何か、ぶっ飛んだら。  2人しか居ないんだぞ? 誰にも、止められないだろ !!  平常心と、言い聞かせて意味もなくスマホを眺める図とか…  滑稽だよな…  好きなヤツの部屋に行ける。 入れる。  だけじゃなくて…  泊まれる…とか?  喜びたいけど、喜んだりしてるのがバレたらお仕舞いだ。  で、風呂から出て来て、お互いに寝る場所の事で、若干もめて…  理由は、客 ( 俺 ) を、床で寝かせるのは、申し訳ないとか…  で、亜玖斗が、自分で床で寝るってきかなくて…  で、俺も俺で、床で寝るから。  …と、引かず。  らちが明かずで…  お前は、自分のベッドで寝ろって突き放して…  俺1人が、床に寝てたはず…  薄目開けて座卓のテーブル越しに亜玖斗を見てたら申し訳なさそうに自分のベッドに横になって  「おやすみ…」って声を掛けてくれたのを見届けて、俺もそのまま床に寝たはず。  暗い室内で、スマホで時間を確認すると深夜2時頃。  耳を澄ますしても、外からは何も聞こえない。  何となく。  まだ遠くで、雷鳴のようなものが聞こえていて…  近距離からは、亜玖斗の寝息って…  えぇ……っと、  これは、なんの試練だ?  無意識に擦寄ってくる亜玖斗自身が、いつ俺に気付くとかの前に、この無駄に座り肌触りが良い床のラグの隅に追いやられ…  座卓のテーブルの脚のようなモノが、背中が当たった。  俺、逃場を失った?  ちょっと、待ってくれ…  俺の中で、本能と言うか理性と言うか、そのどちらでもない何かが、またせめぎ合い出して…  本能を、理性で押さえているのか? 理性で、本能を押さえているのか?…  いや…  そもそも、理性も本能も同じ…じゃねぇ?  これらを、押さえるのは…  俺の意志?  それとも、こっちの言葉の意思か?  あっ、  このせめぎ合いが、自制心って事か?  いやいや、何に納得してんだよ。  最初、俺も、半分寝ぼけてたからアレだけど、よく見たら亜玖斗のヤツ。  俺のTシャツ掴んで、擦寄ってきてねぇ?  何で…  こうなった?  もしかして…  目が覚めたかで、寝惚けて床に来た?  寝る前に散々、自分が床で寝る! って叫んでたけど…  マジで寝顔が、可愛すぎる。  綺麗なんだけど…  普通に、可愛い。  俺…この顔にキスしたんだよな?  あんまり嫌がってなかった。  振り払われたけど、キスも二回目まではさせてくれた。  俺的には、嬉しかった。  脈とかあるのかなって、一瞬自惚れた。  そう言えば、俺って…まだハッキリとした告白はしてないんだよな…  告白したら。  何って返事してくるかなぁ…  キスは、良いよって、事なのか?  それなら俺と亜玖斗は、両想い…  そう言えば、踊場で手を振り払われた時に…  『そんな事…聞くかよ。普通 !! 察しろ。アホ!』  って、事は…  ヤベー  照れる。  ニヤけそう。  寝息を立てながら。  にゃむにゃむ何かを言い掛けるその唇に、何気なく触れようとした指先を手の平に押し込めるように固く握り締める。  触れたい。  でも、触れたりしたら。  絶対にせめぎ合っている自制心みたいなのが、崩壊する。  いや、マジでここを切り抜けないと、間違いを起こす。  本当、マジで起きてくんねぇかな…とか、思いつつ。  亜玖斗が、この手の届く範囲に常に居て欲しいしとか、亜玖斗の側に居られるのが、ずっと俺だけであって欲しい。  そんな欲が、溢れてくる。  もう1回。  キスが、したい。  仮に両想いなら…  何って、邪な気持ちになるけど…  寝込みは、絶対にダメだ。  いい加減っぽい付き合い方だとと、よく勘違いされるが、今まで一度でも、いい加減に付き合った事はないつもりだ。  俺の振る舞いが、当時の相手に不信感を抱かせたのかも知れないと思うと、もう少し寄り添えたんじゃないかって、色々と思うことがある。  何って言うか…今更、良い子振る気は起きねぇし。 なんなら。  好きな対象が、亜玖斗になった瞬間から。  気になり過ぎて、ノンケ相手に手が出せないもどかしさとか、苦しい気持ちばっかり沸き起こって…今まで、こんな俺が、誰かと付き合ってこれたのは、モテたかでも…ましてや同じ気持ちだったからでもなく…  一方的に同じ気持ちだと確認することなく。  想いを相手に、押し付けて甘えてただけかも知れない。  それが、いい加減っぽく見えていたんだと思う。  そう言う、いい加減っぽさも、  一方的な気持ちも…  ましてや、甘えたいとか…  それが、亜玖斗には通用しないって分かって、焦っているんだと思う。  そう言う風に思える相手が、居るんだって思い知らされてる。  俺だって、平凡顔ではあるけど…そこまで拒否られる容姿ではないと思っているけど、亜玖斗と比べると顔も容姿も、性格とか霞むぐらいに劣る自覚はしてる。  アイツは格好いい部類いの上位で、俺はどう見ても少し目立つモブ程度。 そんなもんだから。 俺は…亜玖斗を好き過ぎて、自分と比べて…  何度も、落ち込んでる。  それでも、好きなのは変わらない。  ホントに、綺麗なヤツ。  まつ毛長いし。  スポーツする手だけど、そこまでゴツくもなく。  その腕も足も筋肉質って、程でもない。  成績もそれなりで、普通だし。  おそらくは、大学とか専門校とか受験するんだろうな…  俺は、手堅く就職かな?  …にしても、この状況。  俺が、亜玖斗に寄せる感覚が、俺が普段、好きなヤツに抱いてる気持ちや思いとは、違いすぎるから。  どうすれば亜玖斗を、大切に出来るかとか、どうやったら。  笑ってくれるかとか…  俺も、優しくしたいとか…  気が付くと、そんな事ばかり考えてる。  「……なぁ亜久斗。 俺…ホント…ヤバいかも…」  そんな秋芽の呟きが、聞こえた。  ヤバい。  これは…  完璧に起きるタイミング逃した!  今さら起き上がれない。  多分、自分が床で寝るって連呼してた事もあるのかなぁ?  まさか…目が覚めて喉が渇いて水を飲んで、戻って来たら秋芽の寝てる床で… 眠ってしまったとか…  ゴメン。  寝るところ間違いた。  テヘ。  なんて、言える柄じゃない。  曲がり間違っても、可愛くテヘをやれるキャラじゃない。  そんなふうに起きた方が、お互いに気まずい。  それに、2回目のキスの後、おもいっきり振り払って逃げたり。  本音を、口走ったり。  何度思い返しても、ハズくて…  秋芽に申し訳ない。  嫌いじゃないから、余計にどう伝えたらいいか、分からない。  しかも、その話題は買い物中も、夕飯中も、得に振れてこなかった。  このまま寝た振りの方が、いいのか?  って言うか、まぁ…本音は置いといて…  僕が、屋上の秋芽に軽く合図したのは…  突然キスされた事に対して、怒ってないって、知らせたくて…  軽く手を振った…って、だけで…あの騒ぎって、何だよ?  …あぁ…  普段あれだけ一緒に居るわけだから…  なるべくして起こった歓声 ?  悲鳴 ?  おそらく。  周りは、既に僕と秋芽が、付き合っている設定になっているかも知れない。  はっきりと直接本人に聞いた訳じゃないけど、秋芽の恋愛対象が同性って事も、かなり知られている事だけど…  秋芽と話すのは、面白いし。 楽しい。  人として、ウマが合うみたいな?  そりゃ…秋芽は、僕を好きな訳だし。  敢えて、話を合わせてくれているのかもだけど…  それでも、そんな気遣いが嬉しかった。  誰かに対して、気を遣ってきた記憶はないけど…  いつも、誰かの視線や言葉を気にして生きてきた僕にとって、秋芽の自由で、人の視線なんって気にしない生き方やその存在感が、特別に見えて…  あのキスを、拒めなかった。  多分。  僕は秋芽を、信頼していて頼りにしてる。  少しでも、近くに居たいそんな気持ちもある。  でも、僕に関する噂や本当の事とか… 知られたら。  離れるんじゃないかって… どうしても、不安になる。  まぁ…今更だし。 噂の1つや2つ何って、とっくに知られて居るんだろうけど…  秋芽は、なにも言ってこない。  それが、嬉しいいんだ。  だから。  皆のあの反応が、ノリ的な騒ぎだったとしても…  どう接していいのか…  どう言う顔すれば、いいかとか…  テンパって、動けなくなったところを、颯爽とヒーローみたいに現れて…  僕が…  お姫様抱っこされるとか……  ナイナイ。  明日。  どんな顔をして学校に行く?  ってか、この大規模停電。  いつまで続くんだよ?  …てか、秋芽が、さっき言ったセリフが耳から離れない。  “ なぁ亜久斗。 俺…ホント…ヤバいかも … ”  ヤバいって、何?  キスしたこと?  嫌われたとか…思ってる?  …嫌いだったら。  ここに、連れてくる訳ないだろ?  って…、  ちゃんと言わないと伝わらないって事は、分かってる。  今まで人を好きになったって言うか、好きとか付き合ってほしいとか告白されたことは、何度かあったけど、性格がネジ曲がってるし…  睨み癖が、直らなくて…  そんなこんなで、ちゃんと恋愛の事、考えてこなかったツケなのかな?  実の親って言うか、親族に対しても、こんな感情は抱いた事がない。  僕は、親族達からは、どうでもいい存在で…  居ない者扱いで。  それも、“ 者 ” 扱いもされないまま…  金だけが、一定額毎月振り込まれていて…  ここは、自宅からも遠い。  誰も僕を知らないからと、かなり前からここに1人で住んでいる。  それだけ僕は、邪魔な存在だけど、僕を執拗に追う誰かを簡単に揉み消して、簡単に何も無かった事にされる。  いっそのこと。  僕ごと消してもらってもいいのに…って、随分前から思っていた。  顔や容姿を褒められて、祭り上げられても虚しいし。  バカみたいなだけ。  そんなの意味ないし。  大抵、近寄ってくる子達は、年が近ければ容姿を褒めてくる。  そして…  大人は全部、疑ってかかれ。  …が、数年に一度顔を合わせるか、合わせないかぐらいの一応、両親と呼べる存在達からの受売りだ。  僕の部屋にテレビが無いのは、親や親族ってヤツらを、敢えて見ないためでもあるから。  クラスメイトや仲間内からドラマやニュースの話をされるのが、マジで辛い。  ホントにどうでもいいし。  必要ない情報なのに、身を守るための情報が欲しくなくて、子供の頃から警戒心は強い。  次に何を、言われるのか… ビクビクして過ごした小学生の頃から誰かに気付いて欲しくて、物分りのいい振りしてた。  それだけじゃ誰にも、気付いてもらえるはずもないって分かってて…  何となく受験した地元の高校に秋芽が、居て声を掛けられた。  それが、始まりだった。  人懐こいし。  ベタベタって、馴れなれしいし。  そう言うのに慣れてない僕は、鬱陶しくて…  それでも秋芽は、こんな僕に皆と同じ様に優しく声を掛けてくれた。  最初。  根性ネジ曲がった僕は、兎に角それが鬱陶しくて…  少し冷たく対応した事もあったけれど、冷静になって考えたとき僕以外の人と、一緒に楽しそうに話して居るのを目撃して、複雑な気持ちを初めて感じた。  その頃には、秋芽の恋愛対象が同性で、もしかしたら僕に声を掛けたのは、そう言う事があったからじゃないかと、人伝に聞かされていたから。  僕以外の他人との仲良さげな雰囲気とか見かける度に、一人でイライラして…  嫉妬していたんだと思う。  多分、最悪な顔してた。  まぁ…綺麗すぎて顔が怖い何って言われるぐらいだから。  言わせておけって、開き直っていたけど…  それでも、なんか…  近くに居たかったんだろうな…  その時にはもう…  声を掛けられるのが、嫌いじゃなくなっていた。  それが、初めて他人を好きになった事への自覚だった。  それからは、ひたすら。  好かれたい。  声を掛けてもらた過ぎで…  いや…だって。  秋芽も、性格がいいし優しいで…人気があって…  もう自分からも、いかないとダメなんだって気が付いて…  遊びに誘ったり。  誘われたり。  本当は、部屋でゆっくり話したいけど、呼ぶ勇気が無くて。  皆と遊ぶ名目で、初めて誰かを部屋に呼んだ。  最初、例のテレビが無いとこに引かれたけど、無くてもそれなりに溜まり場になったり。  仲間で、出掛けたり。  そして…  段々と欲深くなっていく秋芽への気持ち。  2人だけで出掛けられた時は、  ホント。  ずっと頭の中が、ワタワタしてた。  多分。  両…想い。なのかも知れない。  って…ヤバい!  寝た振りしながら。  ドキドキを通り越して、心臓が爆発する。  そんなふうに必死で、気持ちを悟られないように、無心に寝た振りをしていると耳元で秋芽の声が聞こえた。  「……亜玖斗… もしかして、起きてる?…」  その息みたいな声にビックと顔を上げる。  顔の近さもそうだけど。  略、秋芽との距離がゼロなんだけど…  いつの間に?  「あの……」  「俺が今、言った事、聞いてた感じ…とか?」  ガバッと身を起こす亜玖斗の右腕を俺は、咄嗟に掴んだ。  亜玖斗が、話を聞いていたとか、なんってどうでもいい。  目の前いる大好きなヤツを逃がしたくない。  それだけ独占欲が、勝ってた。  目の前には、真っ赤になって、うつむいて気まずそうに首を振る亜玖斗の姿。  何かを、言い掛ける声を塞ぐようにキスした。  右手の手の平で頬を包み込むと、熱い顔、そのままに俺を見上げてくる。  「…えっと…あの…」  「俺は、亜玖斗の嫌がる事はしたくないから。だから嫌なら何もしない…」  アレ? 俺なにしながら。  何を、言ってる?  意味おかしいだろ?  言葉と行動おかしくねぇ?  動揺して、焦ってるのは俺の方だ。  「あの…何か、意味不でゴメン。俺どうかしる」  何となくだけど雨音が、強くなってきたように聞こえる。  風に煽られる雨が、窓ガラスに打ち付けられる。  無音だったら気まずさで、ケンカにでもなりそうだ。  好きだから、近づきたい。  好きだから、嫌われたくない。  好きだから、この時間が止まればいいと思ってる。  「…あの秋芽。少しだけそばに居てもいい?…」  そんな言葉しか出てこないとか、僕はこう言う場に、慣れてない。  おそらく。  無意識に出た言葉だと言う事は、分かった。  僕のできる。  精一杯の返事だったと思う。  僕の頬を包み込む秋芽の手の平の熱が伝わってくる…  もどかしいような、くすぐったくて、いつの間にか僕も秋芽の手の甲に手を添えた。  亜玖斗が、耳まで赤くして少し涙目で、見上げてくるって…  ハグしてぇー  …うん。  ってか、今ここで、がっついたら完璧に嫌われる…  大体ハグなんってしたら、平常心ではいられなくなる。  それこそ自尊心が、崩壊する。 とか、何とか言いながら。  この手はどこに持っていくべきだ?  今までの俺が、がっつき過ぎたんだよ。  で、付き合ってくれたヤツらも俺も含めて色々と軽かったんだ…  この状況。  今までの俺なら組倒してる。  いや…  もう色々と、限界なんだけど…  俺、今何で今キスした?  亜玖斗も、少しは嫌がれよ…  物欲しそうな顔するな…  「あの…秋芽…」  「何?」  頭の先から脚の爪先まで、ブワッって、駆け巡る熱量と飛び上がる程に高鳴る心臓の音が、思考を歪ませる。 亜玖斗の方から顔が、近付いてくる。  流されるなって、強く思いながら。  目の前に事には、逆らえない。  俺は、亜玖斗をどうしたいんだ?  そう思った時…  強い光と音に震えるような地響きが、建物を揺らした。  まさに雷が、近くに落ちた感じだ。  真っ暗なのは、かわらない。  強い雨音が、ノイズのように耳に響く。  俺自身、ビックリしたのは勿論。  しばらく放心状態で、声にならなかった。  って、俺ら今どんな体勢なんだ?  真っ暗で、何も見えねぇ…  亜玖斗が、俺の両手を掴みながら身を潜めたものだから。  これって、間違いなく抱き付かれてる。  俺も俺で、びっくりしてそのままの体勢だから。  なんか…  俺、亜玖斗に押し倒されてる?  「あっ…ゴメン ! 今どけるから!」  「落ち着けって! 俺は、大丈夫だから」  お互いに身を起こして、その場に座り込む。  「取り敢えず。危ないから近くに居ろ…」  本当、それを言うだけで精一杯だった。  真っ暗で、相手の気配がするだけの空間。  心臓が、飛び出してくる勢いでバクてて…  少しでも、自分の肩や指先が、亜玖斗に触れるそうになる度、どうにかなりそうになりそうな気持ちを雨音から少し落ち着けと、言われている気がした。  「あのさぁ…」  俺と亜玖斗は、略同時に似た言葉を発した。  「なに?」  「…ほ…放課後のさぁ……そんな事きくかよ。察しろって…その…そう言う事でいいのか?」  スマホで時間を確認しながら… 俺が淡々と言い終えようとすると、そんな俺の顔面めがけて亜玖斗は、クッションを投げ付けてきた。  「…なっ!」  「だからアホって、言ったんだろ!」  亜玖斗は、立ち上がった。 ボンヤリと暗い部屋に浮かび上がる亜玖斗の顔は、少しどころじゃないぐらいに真っ赤で…  「別に近くに居ろとか…離れるなとか…そう言う……」  「亜玖斗?」  「…だから。僕ら変に勘ぐられるんだよ…」  俺も後を追うように立ち上がり。亜玖斗の腕を掴んだ。  振払うかな? って、考えたけど振払うどころか耳まで真っ赤で…  こう言うのを見ちゃうと想いが、重めな俺としては、ギュッてしたくなる。  「……………」  したら多分。  どつかれるかも?…  それも、それでありか? とか、色々と考えた末に腕を引っ張って、そのままの勢いで抱き締めた。  キスまで許してくれた相手に今更、恐縮すんのもおかしいだろ?  「俺は、執着するとベタベタしてウザイから振られんのかな?…」  「…バカで、重くてウザい…」  「そう言うのが、嫌いなヤツが多かったのか…一方的だったのか…」  「僕は、大丈夫だよ。いつもみたいに、ベタベタしてくれば? 逆に僕は、無関心ってのが…嫌だから。秋芽ぐらいの想いの重さが、ちょうどいいのかも……」  抱き締めた腕の隙間から。 スリッと顔を出した亜玖斗の顔が…  「可愛すぎるって…」  「男に可愛いって、なんだよ!」  ムッと、怒る亜玖斗をまた強く抱き締める。  「あのさぁ…亜玖斗。キスしていい?」  「……………」  「あの…亜玖…斗?」  何も反応もしてくれないと、思った瞬間、亜玖斗はモゾモゾと腕を出して俺の背中に回すと、そこまで強くはないグーパンで小突いた。  「だから。そう言うところだ !! 聞くなよ! この…鈍感……」  段々と語尾が弱々しくなるを見ると、引っ掛かり何って全部、どうでもよくて…  いつもの重さに拍車が、掛かる感じで…  それを、満更でもない様子の亜玖斗を、このまま重く愛してしまおうかと… 永く繰り返すキスの合間に誓ってしまったのは、後で話そうか…… おわり
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