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お互いに幸薄な井口と萩野の場合
しがない会社員なのか、幸薄会社員か…
俺は、その日の夜。
傲慢で腕っぷり自慢の取引先のオッサン上司の武勇伝と言うか、イタイ話をヨイショする俺達の上司は、赤ら顔でご機嫌だ。
俺と同僚は、仕方がなくその耳障りな話を聞かなければならない羽目になっていた。
ここは市内でも、比較的夜遅くまで人通りが途切れず賑やかだ。
その中での接待と言うか、相手のプライド自慢と言うか…
学生時代のヤンチャしていた頃に何人素手で倒したとか…
不良同士の抗争で警察から自分は、こう逃げ切ったとか…
「…どうでもいいよな?…」
俺と同じ苦悶の表情を浮かべた同僚の真鍋は、愛想笑いを繰り返している。
「…所で…ここ…いい雰囲気の店だな…」
モダンで壁は、赤レンガ風のタイルが敷き詰められ白さが際立つ壁は、漆喰なのかワザと雑に塗っていて、それが間接照明の淡い光に影を作り不思議な陰影を醸し出している。
「オレ実は、大学生の頃…ここで数年バーテンのバイトしてたんだよ…」
「マジで…?」
「そっ。で、そん時のバイト仲間が、今の店長」
真鍋は、フッと顔を上げてカウンターの一角に視線を流した。
少し薄暗い店内のカウンター奥で白いワイシャツに下半分のエプロン姿がよく似合う人物が、柔らかく笑う。
「誰?」
「例の店長…」
「ハーフ?」
「いや…日本人。あぁ〜でも、父方の祖父だったか曽祖父が、イギリス系……だったかなぁ? あんまり気にした事なかったけど、改めて見ると日本人っぽくないか…」
「だろ?……」
「まぁ…今も昔も、美人で有名でバイト時代から。あの容姿…言寄って来るヤツも、多かったみたいだし…」
モデル顔って言葉が正しいのか、端正な顔立ちなのは、間違いない。
「あっ…モデルの仕事も一時期は、してたなぁ…メンズ雑誌の読モしてたよ。本人は、性に合わなかったとか…愚痴ってたけど。オレからすると勿体無い感じだなぁ…」
テレビなんかで、たまに目にする漠然とした華やかな光景。
「へぇ〜っ…それなら俺にも、一生縁すらない話だな…」
真鍋は、かなり意外そうな顔をしている。
「井口って…結構身長あるし。まぁまぁな顔してるから。そう言うのに声を掛けられてきたタイプかと思ってたけど…」
“ 口を開かなければ、モデルにでもなれるよ ”
“ なればいいじゃん! ”
散々、言われてきたことだ。
「ほら。スカウトとか…色々あるじゃん。芸能界系…あとは、よう知らんけど…」
「ねぇーよ。高卒で今の会社入って……だぞ…そんな華やかさは、これっぽっちもない…」
「ある所には、転がってくるみたいな?」
自然と俺と真鍋の視線は、モデル顔の店長に向けられ店長は、柔らかく笑った。
俺的には、元バイト仲間だった旧友の真鍋に笑い掛けたんだろうと、上司と取引先相手の話に合わせようと相槌を打ってみせた。
その一方で、店長さんは、またニコニコと気さくっていうか、やさぐれた風もなく…
あっちに呼ばられ、こっちに呼ばられ…暇なく動いている所を見ると…
「小動物か…」
「何だ急に…」
「あんまり。見ない人種だと思ってて…」
「人種って…誰が?」
「店長さん」
くだらない事を、さも勇猛だと喚くヤツにソレをあからさまにヘコヘコしながらヨイショする上司のようないい加減なヤツ。
真鍋のように誰に対しても裏表なさげに近づいてくるヤツ。
少し怪しい部類に入るが、逆に信用がおける人種とも言えるが、ただコイツの場合は、二枚舌かよって時もあるからそれを含めて、上手く付き合わないとならない。
「…でた。井口の特分野人間分析…いや解析だっけ?」
「別に分析も解析も、してねぇよ…」
「いやでも、お前の分析って上司も認める程、当ってるじゃん!」
「そうか?」
俺は、興味津々の真鍋とは違い。小さく誰からも気付かれないような溜息を吐いて見せる。
「じゃさぁ…店長。萩野って言うんだけど…どうアイツは?」
ニコニコと愛想を振り撒いている。
気配りが出来て、仕事も丁寧だし動きに無駄が無さそう。
「でも、笑顔が胡散臭い…仕事の顔なんだろうなって感じだなぁ……」
自分にしてはあからさまかって、ぐらいに微笑んでやったのに…
まさかの…
「フル無視…」
「萩野店長。それ以上、指に力込めたらグラス割れますよ…」
コソッと通り過ぎざまにホールスタッフの美雪ちゃんが、声を掛けてくれた。
セミロングの髪を、一本に束ねた姿と切れ長の目元が、印象に残る子だ。
あっと我に返りグラスを伏せるように代にカウンターに置いた。
真鍋のヤツだけが、いい感じに酔ったふうな態度で、手を軽く振ってみせる。
お前に微笑んでんじゃねぇーよ。
「…ったく…」
「店長!」
「ゴメン」
今日の夕方過ぎ。
学生時代からの友人の真鍋が、仕事の接待から軽く飲み直したいと、取引先のオッサンが言い出したから連れて行っても大丈夫か? と…連絡がきた。
今日の客層は、どちらかと言うとザワザワとしていて落ち着かないかも知れないと、先に言ってみたが…
“ 立ち呑み的な感じの軽い感じが良いんだよと! ” と返ってきた。
そこまで言うならと、真鍋に任せたら。四人の客が、入店してきた。
見れば分かる上下関係。
威張る風の取引先らしい少し大柄のオッサン。媚びる中年上司。
…と、割りと好みな顔の同僚さんかな?
真鍋は、僕の事を知っているからもしかして…
なんって事も、一瞬考えたけど…
仕事中のようなもの…
そこまで頭は、回らないよな…
それにしても、どストライクまではいかないけど…
惜しい。
紹介してくんないなかぁ…
そうこうしている内に仕事の業務で、バックヤードに戻らなきゃならなくなり…
モヤッとしなからカウンターから離れ。再びカウンターに戻ると例のスペースにはあの四人の姿はなく…
真鍋の姿が、一人カウンター席にあった。
「よっ! 悪かったな…無理言って、あのオッサン…うるさくなかった?」
「真鍋さん。大丈夫ですよ」
「そうなん?」
僕が、カウンターに付く前に美雪ちゃんが、真鍋の相手をしてくれていた。
「今日は、実を言うと知り合いのバンド活動している子が、バンド仲間と来店していて一曲歌ってて…なって…結局、三曲歌ってもらって、盛り上がって…」
「あぁ〜それで…オレらが、来たときザワザワしてたんだな…」
店のBGMは、ジャズ系とかその日の天候や客層で変えることがある。
「なんってバンド?」
「○○○って言うですけど…」
「そこ子達なら前に一度駅前で見たことあるよ。ハードな曲からバラード系っての? しかもボーカルの子。めちゃくちゃカッコ良いんだよなぁ…」
「いや…ホントに同じ人種とは、思えませんよね…」
チラッと僕に向けられる視線。
「何?」
「あっ! ここにも、居たと思って…」
なんじゃそりゃ…
「そう言えば、真鍋さんのお隣に居たお連れ様も、かなりのハイスペなんじゃ…」
「アイツ? 高卒だけど、資格手当とかで…給料は、オレとそんなん変わんねぇ~よ!」
悪気が、あっての返しではないと思うが、ジトォ〜ッと、見ずにはいられなかった。
「オレ…何かした?」
「…かい…しろよ」
「何だって?」
「だ・か・ら。紹介しろって言ってんの! お前の隣に居た男を!!」
「井口を? 止めておけってアイツは、ノンケだよ。お前と、どうこうなるタイプじゃねぇ…それにアイツ…くせ者で…」
「くせ者?」
「いや…別に危ないヤツって訳じゃないよ。趣味が、人間分析だから。しかも…まぁ…まぁ…当たってる」
「例えば?」
真鍋は、ニヤッと笑う。
「何…」
「萩野は、ニコニコとしているけど、愛想笑いを振り撒いてそうだって…」
振り撒いちゃってたね…
「ただ仕事は、丁寧だし動きに無駄が無さそう。でも、笑顔が胡散臭い…仕事の顔なんだろうなって感じ…」
笑顔が、胡散臭い…
えぇ〜〜っ!
初対面で、そこまでバレてるとか、マジかぁ〜っ
若干当たってるよ…
「そんな風に自分を見てるヤツを、紹介しても…おまけにノンケ。出会いも何も、壊滅的じゃねぇ?」
「…………」
「大人しく今カレと仲良くしてたら?」
「元カレだ…」
「元?」
すると僕の様子を見兼ねた美雪ちゃんが、慌てたように真鍋の前で右往左往する。
「店長…先週、カレシと別れちゃったんですよ…で、今まで同棲してた部屋を出て行くとこになくて、ここ数日、事務所に寝泊まりしてるんです…」
真鍋の細い目元が、僅かな時間見開いた。
「だから焦ってんのか? あっ! 新しい寄生先か?」
「寄生じゃない。同棲先!」
それに上手くいってた。
普通にイチャラブしてたんだって!
絶対に飽きるとかないと、自分は思っていたら。
「向こうが…マンネリだとか、刺激が足りないとか、言い始まって…」
「若いコに…浮気されちゃったんです…」
「…で、恋愛フィルターが、低下どころか外れたら。こんなヤツってなって飛び出したと?」
「幻滅しただけだ!」
世話好きの優しいそうなヤツだった思ったのに残念だったなぁと……真鍋は、苦笑した。
僕的には、元カレとの…
朝起きて(仕事の都合上昼過ぎに)ご飯が出来てて…
スマホにメッセージが、届いてて…
それに返信して…
休みの日は、イチャラブしながら過ごして…
仕事から帰ると、腕枕とか…ギュッてしてもらいながら一緒に眠ったりしてくれたのに…
「はぁ? なんだその幻想と幻は!」
「現実だもん! それだけ愛されたいの!」
自分でも、ガキみたいな返しだとは思ってる。
でも、ほんの些細な擦れ違いが、元カレを浮気に走らせた…
「それで…冷めたちゃったんだ…」
物凄く冷静になった。
何とかの恋も、みたいな感じで…
しばらくは、思い出しそうになって泣きそうになりながら。人前で笑顔を作るとか…
「結構、精神的にキツかった…」
それに、未練がないって訳じゃない。
一緒に居られて、良かった思い出は、いっぱいある。
ひだまりみたいなそんな存在だった。
だから擦れ違いは、日影で木漏れ日みたいな小さな影が、段々と拡がっていった感じの結果…
「向こうが、一気に倦怠期に突入して、そのまま冷めたった感じか?」
「違う。こんなはずじゃなかったって言うか…」
「お前は…昔から。寂しのが、嫌いだよな…」
「うぅぅ…」
多分。真鍋ぐらいに親友歴が長いと、気持ちとか考えは隠しても見破らる。
良いよな…
悪いような…
「お前も、大概熱しやすくて冷めやすいんだし。仮に井口を紹介してもだ。オレらは、普通の会社員で、夜型のお前の私生活とは、真逆…お前が望む。幻想だか夢な付き合いは、まず無理だ…」
と、バッサリと切り捨てられた。
分かってる事だ。
好みな顔をしているとか、近付きたいは、立前…
寄生先を、探してるに過ぎないと言われれば身も蓋もない。
でも、人肌恋しい…は、なんか違っていて人の気配を、間近で感じていたいと言う思いが、今は一番強い。
「ってもなぁ…井口は、お前とは、違うぞ? 友達とは、紹介してやっても構わないが、自己責任になる。何があっても、オレのせいにはすんなよ…」
真鍋は、酔い覚ましに注がれた水の入ったグラスを半分飲み干した。
「で…井口のドコが、いいの?」
「ドコって…顔…見た目…」
それを聞いた真鍋は、口をあんぐりと開けた。
「……まぁ……会ったの初めてだしな…それにしたって…見た目…かよ? なんなら…その場を、作ってやるから。会ってみたら? それからでも、良くねぇ?」
「でも、それってさぁ…そう言うヤツから紹介してって、言われたからって…井口さんって人に言うんだろ?」
「まぁ……そうなるはな…」
そんなの…
「会ってくれない。拒絶される方が、確率としては、高くない?」
「そんなの…言ってみなきゃ分かんねぇーだろ?」
そんなの…
「言わなくても、分かるじゃん…」
「でも、店長…それは、誰にでも言える事ですよ。いくらこっちが、気になったとしても、上手くいかないとか、そう言うのは、おんなじです!」
「美雪ちゃん…」
「…で、それでも、井口を紹介してほしいの? して欲しくねぇーの?」
「して欲しいけど…好みな顔の人に会ってもないのに振られるとか、影でグチグチ、ネチネチ言われるのは、イヤだ…」
「お前も、グチグチ言ってる方だぞ?
認識してっか?」
「でも、好みなんだって…」
「いや…だから。性格の合う合わないを、考慮した方がよくねぇ? 会うも会わないも、それと同じだぞ。会ってくれないは、そのまま興味すらない。会ってくれるは、多少興味をもってくれたってことだ!」
真鍋は、タンッとカウンターを軽く叩く。
「でも…その…あれぐらい顔とか見た目がって人は、僕からすると…中々出会えないんだよ…」
性格よりも、見た目か……
「何回もさぁ…同じ事を言うけど、僕みたいなヤツなんって…両想いとか、そもそも恋愛だって、簡単には出来ないんだよ!!」
変に、恋愛欲求を拗らせているだけで…
下心が、無いと言っている訳じゃない。寧ろ恋愛欲求を対象とした人を、包み隠さず紹介しろって、言ってくれている方が、人間味あるある方かもなぁ……
そう。
これぐらい。ハッキリ言ってくれる方が、気を使わなくても、いいし。
別に部屋は、訳あって戸建てで余っているし。
「…いや…だから。こんな所で、叫ばれても…」
真鍋は、座っている状態で困ると、頭を掻きながら。そのまま頬杖をつく。
立っている状態だと、両腰し手が当てられて、前ならえの先頭のように突立たまま動かなくなる。
あれは、困り果ててる顔だな。
仕方がない。
場を収めるか…?
「…………」
どうしよう。
真鍋を困らせてしまった…
「…あの…真鍋…ゴメン!」
「いや…まぁ…惚れたとか、そんな…なら。そう言う風になるかも、しれないし…うーん…どうするのが、懸命だ?…」
コンコンッ……
リズミカルに店の壁が、ノックされた。
慌てて見ると…
「井口…?」
「よっ!」
ニッと笑う井口さんが、店の入口に立っていた。
「えぇぇっ」
いったい。
いつから?
パニックになる僕の前に静かに歩いてくるその人は、精錬されたような動きで、また見惚れてしまう。
「…店長の萩野さんって、言いましたっけ?」
「はい…」
見詰められると、苦しくなる程に緊張する。
「俺は、…人を観察するのが、癖ですけど、人に対して興味とか、持てないんです。関わりも、持とうと思わないし…」
「お前…ストレート過ぎじゃねぇ?」
「そう? だって真鍋は、俺がこう言うヤツだって知ってるだろ?」
「まぁ……って…お前、ドコから聞いてた?」
「萩野さんが、後ろの方から戻ってきてからかな?」
「略全部聞いてたんか?」
「まぁ…それよりも、真鍋、俺のボイレコ持ってない? 明日朝イチで使うから。戻ってきたんだ…」
ハッとなり真鍋は、アタフタと自分の荷物をあさり始める。
昔のから真鍋は、机の上にあるモノを、自分の持ち物と勘違いしてしまう所があった。
それは…今でも変わってないらしい。
「すまん! 鞄の中に入ってた!」
「接待しながらの会食だらか…その時だろ?」
二人のボイコレは、形も色もよく似た機種のようだ。
「自分のと、勘違いしたみたいだ…本当にスマン!」
「良いよ。それより…」
その人の視線が、僕に向けられる。
「あの…何か?」
「いいですよ。健全なルームシェアならね。俺は、真鍋と一緒で…普通の会社員で平日の日中は、家に居ないし。その間は、萩野さんが、家を自由に使ってもらっても、構いません」
「えっ…」
「家賃は訳あって入りません。ただし生活費を半分で…お互いのプライベートには、一切干渉しないって約束が、出来るなら。シェアしませんか?」
そう井口さんは、真顔で言ってきた。
続く。
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