緑雨(リョクウ)と櫟(イチイ)の場合

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緑雨(リョクウ)と櫟(イチイ)の場合

 海外留学は、憧れだったし夢だったし。  決して浮かれていたとか、そう言う訳じゃない。  大体、留学して3年目だったし。  今おもえば、慣れだったのかも知れない。  俺の留学先は、春から夏場に掛けて寒暖の差が激しい気候で、俺も俺で防寒対策とかしていたつもりだったはずが、うっかりしていて風邪を引いた。  それが、原因で子供の頃に良くなったと思っていた喘息が、再発。  何となるかと思ったけれど、海外暮らしと言う環境からか、かなり風邪を悪化させてしまい。  留学先から、親族に連れ戻される事になったのは、留学3年目に入ろうとした夏の終わりだった。  最初は、留学先に戻ろう考えていたけど…  再発した喘息は、一向に良くならず。  取り敢えず薬で、症状を押さえている常態だ。  確かに喘息の再発後、体を今まで通り動かす事が、体力的にキツクなってしまった。  喘息を繰り返していた子供の頃を思うと、寝込んだりしないだけましかと思うよにした。  当然と言うか、この体力では復学は難しいと、医者や親族に説得され諦めるしかなかった。  大学附属高校を、卒業して留学先の入学式に合わせて渡航して3年。  親族達は、簡単に仕切り直しだとか言うけど…  今更、附属大を受験するとかそんなモチベーションは持てないのは、勿論。  働くにしても、こんな弱々しい体じゃ働くことなんって出来ないのは、自分がよく分かってる。  留学先だった向こうで借りていた部屋に置いていた荷物を、実家の自室に運び入れられた直後、荷解きをしていた俺に10才年上の姉が、声を掛けてきた。  「緑雨(リョクウ)ちょっといい? 就職先って言うのは大袈裟だけど、体を慣らすって目的でウチの学校で働いてみない? 少し動いても息が上がるようじゃバイトも無理でしょ?」  「そうだけど、 ウチの学校って…高等部?」  「そうよ。附属大も考えたけど、同級生と後輩が、居るって言う状況もイヤでしょ?」  「それは、まぁ…そうだけど…」  高等部での働き口って…  「事務職? 雑用係? って言うのかしら? 誰にも気兼ね無く体調を見ながら進めてもらっていいって叔母さんが、会議使う資料の作成やら入力とか? あとお給料は出るわよ!」  「………そう………」  宛がわれた?  職場は、俺も通った学校の付属高校で、主に雑務系。  戻ってから落ち着くまで、これからどうするかと悩んだ時に少しは、こうなるかも思っていたことが、現実に起こった。  簡単に言えば、そんなところだ。  長年、この地方都市で親族経営主体とでも呼べる附属大とその附属高校。  それらを牛耳っているのが、祖父達 (理事) であり親達 (教職員) であり姉や従兄弟 (…の1部教職員) 親戚と言う訳だ。  俺事態、そう言うモノタチの恩恵と言うか、目の上のたんこぶと言うか…  そう言う事を気にしすぎて在学中は、気をはりまくり。  疎まれたり。  影口やあからさまな愚痴は、当たり前。  当時は、俺もそれなりに立ち回ったが、経営陣の息子と言う肩書きが、付いて回る事に嫌気が差していたのと、その後ろ楯が嫌で海外留学を選んだ…  本当は、附属高校も受験なんって、するつもりもなかった。  前々日になって受験する事が、親と担任とで取り交わされていたと知った。  まぁ…その当時、俺が行きたかった高校と同レベルなんだから受験してみなさい。と、親族に言われ…  無事? 合格。  それを聞かされると、なんとも言えない心境を覚えた。  勿論。進路は、「御実家の学校だよね?」と、担任は無邪気に言った。  今思うと、親も担任も他校の受験は、どうでも良かったのかもしれない。  親達から言わすと、ここが本命だったのだろう……か?  だから俺が、海外留学すると決めた時も、附属大じゃないの? 的な雰囲気になったが、  姉の説得と言うか、姉の知り合いが居る学校だからとの理由付きで、渋々、親族達は承諾してくれた。  姉の紅雨には、本当感謝しかない。  元々、姉の方が、学力は上だったし。  孝行在学中から学校運営や学校教育なんかにも興味があって、大学も経営学部を選考しつつ教育学部にも興味を示し学んだ強者だからか、満場一致で姉が、時期運営理事に名を連ねる事が、早々と決まった。  それもあり俺は、学校運営にも教職員にも興味は持てなかった。  まぁ…家族や親族の大半が、運営と教職員なんって…家庭で育ってきたから余計にそう思ったのかもしれない。  俺は、別によくない?  それで海外留学を、だったはずがこの有り様。  「折角、私が…緑雨を逃がしてあげたのに…」  姉の紅雨は、笑って言った。  「途中、戻ってくる事になったら。責任は持てないわよ? って言ったのに…」  「仕方がないないじゃん」  本音を言えば、絶対に帰ってきたくはなかった。  途中で帰国すればこうなるって、最初から分かっていたから。  風邪さえ引かなければ、こんなことにはならなかった。  誰のせいでもない。  俺が、悪い。  それでも、自分に合った薬と、一応地元に帰ってきたと言う安心感があるから。  軽く咳き込むことはあっても、大きな発作は、あれ以来起こってない。  「…で、いつから仕事?」  「体調が、良ければ、いつでどうぞって事務の人達が…」  「そう…」  「……明日にでも、話聞いてくれば?」 ⒉  卒業してから3年。  校舎は、それ程変わった様子もないぐらい普通で、懐かしく思える程には時間は経っていなくて、妙な感じがした。  「…御家族や皆様方には、日頃からお世話に……」  「いいえ、こちらこそ」 そこまで恐縮しないで欲しい。  俺自体、二十歳越えたぐらいだし。  この事務員さんからしても、俺の方が年下だと思う。  「まぁ…私も、ここに来て2年目なんですけど…」  良かった面識は、無さそうだ…  「では、ご案内致しますね」  「ハイ…」  「と言っても、案内する程でもないですね。なので作業室に案内しますね」  「そうですね…」  正直、知ってる先生多いし。  職員室では、視線が痛かった。  作業室は、それを配慮した結果だろうか?  姉には後で、お礼を言わないと。  「天笠さん。こちらの角を曲がった先の部屋が、作業室です。一応この棟で使われている備品室でもあります。ですので、何かたりないモノや、その都度使われた数と残りの在庫などを書いてもらい。備品の発注などを、経理に回してもらう様にもなります」  「分かりました」  この廊下は、二年生の教室に近いのと他学年の教室や移動教室によく使うために知っていると言えば見知った場所だった。  チャイムが鳴り響く。  「丁度、お昼休みですね」  教室の戸が勢いよく開けられ生徒達が飛び出していく。  「購買組かな? ここからだと、少し遠いですから」  「ですね」  スーッと感じ取った…  ブレンドした柔軟剤だと思われる香りに思わず振り返った。  てっきり女子かと、思ったら。  その中心に居たのは男子で、周りにいる女子生徒達よりも小顔で、その綺麗な顔立ちにも驚いたし。  隣に立つ男子生徒よりも華奢なのにも、かかわらずスラリと伸びた手足や身長は、俺が感じた様に人目を引いているようにも見えた。  「あっ、彼目立ちますよね。縹 櫟(ハナダ イチイ)くんと言うんですけど、街を歩けばスカウトされるとか、そう言った関係の事務所から声を掛けてもらってるとか…噂されてて、文字通り人気者なんです」  本来2年生の夏休み明けにもなれば、漠然と来年の今頃は、受験で…とか、何となくチラ付く頃だし。  少しでも有利にと考えるなら早目に、受験対策をと意識する時期の始まりだろう。  ただここは、大学附属の高校でそのまま大学に進む生徒の方が多い。  勿論、俺のように別の大学や進学先をと考える生徒もいるわけで…  「そこまでピリピリした雰囲気は、ないですけどね」  「ですね…」  …と、話し込んでいるうちに見失ったようだった。  未だに鼻の奥に清々しい香りが、微かに残っている。  ドコのメーカーの柔軟剤かな?  それとも、香水系かな?  あぁ~言う子は、人気ありそうだから。同じ校内でも見掛けたからって、声とか掛けられなさそう。  「天笠さん。いつ頃から来られますか? 勿論、お体の方も考慮してと、伺ってますが…」  「あっ…スミマセン。そうですね…」  ヤバい。  話を聞き流す所だった。  まぁ…  無理をしなければ、普通にパソコン業務等には差し支えないはず。  「あの…」  「ハイ? なんでしょうか…」  どうせ暇するのは、目に見えてる。  まだ何かやりたいことは、具体的には決まってない。  直ぐ無理すると、咳き込む体じゃドコも、雇ってはくれなさそうだ。  まずは体を慣れさせた方が、いいに決まってる。  「来週から。お願いします」  「分かりました。では、もう一度、業務について、ご説明しますのでもう一度、職員室の方に、お願いします」  「ハイ」  「でも、大変でしたね。海外からの引っ越しとなると…」  「まぁ…そうですね。一時的帰国するって、訳じゃないので」  向こうでの生活が、長ければそれなりにそこで買い揃えたモノもある。  3年分の荷物ともなれば、本当にそれなりだ。  いくら自分の私物でも、他の家族には任せられないこともあり。  従兄弟に無理を言って付き添ってもらう形で、留学先に戻り荷物をまとめそのまま帰国したのは、3週間前。  「すると今は、ご自宅の方に?」  「まぁ…こんな体なんで…心配だと言われて…」  「…あぁ…実は、天笠さんが、倒れられたらしいと言う連絡、学校の方にも回ってきたんですよ」  「姉に…対しての連絡ですかね?」  「かなり。驚かれてました。騒然としましたし…」  「スミマセン。至る所で、ご迷惑をお掛けしたみたいで…」  「でも、今日お会いして、お元気そうなので職員一同、ほっとしております」  「はぁ…」  だから。  職員室は、気まずいんだって… ⒊  所々、途切れる話し声に耳を澄ませてみたけれど、その人影は階段を下りていった。  事務員さんから天笠さんと、呼ばれた人を見たのは、実は2度目  1度目は、3限目の途中。  何気に、覗いた窓の外に…  その人は、歩いていた。  附属の大学生とも思ったけど…  大学の敷地内は、高校の裏側だし。  間違えて来るとか、有り得ない。  普段、制服以外の人を見掛けることは、少ない高等部。  まぁ…私服のなんって人は、学校の関係者だろうが、部外者だろうが、出会う事は、もうないだろうからって…  音楽の授業の一貫でもある音楽観賞用のDVDを見る授業を受ける振りをして、その人を、見ていた。  遠目にでも、その姿が分かるぐらい距離になった時、  初めて顔を見て気持ちが、ザワ付いた。  今まにでも、ザワ付くことはあったけど…  目を離せなくなるのは、本当に初めてで…  戸惑っているうちに、その人を見失った。  かなりガッカリしている事にも、ビックリもしたし。それと同時に、うっすらと窓ガラスに写る自分の顔が、赤い事にも気が付いた。  晴れ間だったら…  気付かなかったかもそれない。  それは、それで。  気が付かなかったら。  その顔どうしたって、話しになって居たかもだけど…  曇り空だったから。窓ガラスに移ったんだと思う。  授業が、DVD鑑賞で良かったと思いながら顔を隠す様に、気持ちを落ち着かせDVDの感想を書いていた。  妙な鼓動?  ドキドキ?  苦しい感じが止まらなくて、平静を装うのにも一苦労した。  移動教室から戻って来てから自分の机に、らしくもなく突っ伏してみたりしたら。  逆に具合が悪いの? とか言われたけど、今はそん具合とか、周りとかどうでも良かった。  午前中の授業が終わって、気分を変えようと教室を出た瞬間。  その人がいて、心臓が止まるんじゃないかってほど驚いた。  気付かれないように、誰にも悟られないように隣を通り過ぎるだけで精一杯。  どんな声なのか聞いてみたくて、耳を澄ましてみたけど、さっきも言ったようにあんまり聞き取れなかった。  おまけに、ボーッとしていたから…「大丈夫?」なんって、声を掛けられて 「えっ、大丈夫だよ…」  なんって、返していたらその人を、また見失って。  でも、事務員さんに案内されているって事は、学校に関係あるって事…だよね。  また会えるのか…  そう思う度に、心臓がギュッとなった。  上手く行かないものだって、分かっているから。  1ヶ月後の俺は、スマホを眺めていた。  晴れない気持ちを、吐き出すように息をする。  「どうした。櫟。溜め息か?…」  「溜め息?…」  「自覚なかったんか! 午後の休み時間の度にスマホ見ては、溜め息吐いて…」  「いや、なんか息苦しくて ザワザワする感じがして。ボーッとなるで、スッキリさせようと…」  「…それが、一般的に言う溜め息じゃねぇの?」  幼馴染みの原口 真潮が、答える。  俺はと言うと、あっ…そうかと、納得してしまった。  「ってか、街でスカウトされようが、そう言う連中が、所構わず出待ちで現れようが略、愛想無しの鉄壁な守りは、どこいった?」  俺って、そんなヤツなの? じゃなくて…  「ポヤ~って、好きな人でもできたん?」  真顔で動きが、止まってたと思う。  好きな人と言うか…  「図星か…顔赤いし、それに俺ら幼稚園から一緒の幼馴染みだろ?」  「そうだけど、何か関係ある?」  「ある。俺らが幼稚園の年中さんの時に教育実習だったか、近くの高校の職場体験だったかで、俺らのクラスに来てた当時の男子生徒さんに…ずっとベタベタして付きまとってたろ?」  何…その話し?  「知らない」  「好き好きアピールが、マジ半端なくて、ずっと追い回してさぁ…終いには、デカイ声で好きです! 告って抱き付いちゃって離れなくなってさぁ…」  「そうだっけ?」  「あと…その後に、あった園の夏祭りでさぁ…たまたま来てた小学生の男の子達の後ろで、転んで突っ込んで、膝擦りむいて大泣きしたんだけど、その中の1人男の子に起こされて、抱っこされたら。離れなくなって大騒ぎに…」  「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ーっ」  真潮の声を遮るように大声が、出てしまった。  「…記憶にあるんだ?」  「いや…あるって、言うか…その子は…」  「ん?」  何って言うか、親に力ずくで引き離された記憶はある。  鮮明にと言えば、ある程度、覚えているけど…  夏祭りは、盆踊りも兼ねてて園の関係者は勿論。  近所の人達も、多く集まり。  露店なんかも出ていて賑やかだ。  今年も、ここに居る真潮を、はじめとする友達と出掛ける程に昔から馴染みのある夏祭りは、あの当時と何も変わらない。  いつも遊んでいる園庭に組まれたやぐらや提灯。  盆踊りの太鼓や笛の音が、鳴り響いて。  まぁ…興奮していたんだろうな。  次々に見て回りたい露店に、目を奪われながらキョロキョロしていた俺は、何かに躓き前を歩く小学生のグループに頭から突っ込んだ。  恥ずかしいって言うのと、年上のしかも男の子のグループ。  怒られるんじゃないか? と言う状況で俺は、大泣きしてしまった。  勿論、擦りむいた膝も痛かったのもある。  その中の1人に助け起こされて、救護所に連れていてもらって、泣き止まない俺を抱っこしてくれて…  惚れやすい俺にとっは、その小学生の男の子が、優しくてカッコ良すぎて…  数週間前の教育実習だか、職業体験だかの人の事なんって、スッポリと抜け落ちてしまうぐらいだ。  そんな俺の回想が終わる頃、ニヤニヤと笑う真潮と目が合った。  俺が忘れている事も、覚え居るんだろうな…  本当に、居た堪れない。  「まぁ、その時だな。お前の恋愛対象が、年上の男だって、何となく察したの…」  「そう…なんだ…」  「大体。お前、自分の事なんだから。自覚あるだろ? ってか、合ってる?」  真潮とは、10年以上親友してるけど…  自分の恋愛対象者が、同性だと明言した事はない。  かなり前から知られていたのかと、納得してしまった。  「まぁ…な。ただ…お前に聞いていいのか、ためらってきたって言うか…ほら。お前が、惚れるの年上ばっかじゃん。同級生とか年下は眼中に無いっポイ? から特には、言わなくてもいいかって…」  うん。  確かに真潮が、言うように…  同年代や年下をカッコいいとは、一度も思ったことがない。  「だろうな。夏祭りの話しに戻るけど、当時同じ組だった女の子らが、浴衣姿を見せにきてくれたのに、お前はいつもと変わらない無反応で、そんであの出来事だもん」  母親に引き剥がされた後に、泣きわめいて夏祭りどこじゃなくなた俺に例の小学生の男の子は、スーパーボールすくいで取った中から青くてキラキラ光るボールをくれた。  「まだ…持ってたりして?」  「持ってるけど?」  「いいんじゃねぇ? 思い出だし」  「まぁ…五歳児のやることだしね…」  なんって、言ってみた。  「…オレが、その小学生だったら引いてるよ」  「そう? いい思い出って言ったのに?」  「いや…普通は、そう思うだろ? それに今、似た事したら絶対に引かれて相手にされなくなるぞ…」  「そう…なの?」  「おいおい…」  真潮は、更に言葉を続け真面目な顔付きで、お前はストーカー気質だとか、粘着気質だと、ひたすら追いかけるタイプとも指摘された。  「で、無自覚と…」  何となく。  見覚えが、有りすぎるけど。  「まったく。俺みてぇ~に年下の彼女とかにしておけよ…」  「えぇ…と、年下は、ちょっと…それに…」  「さっきも、似たこと言ってたけどなぁ…お前に惚れられた年上ヤローも、年下は、ちょっとって言うかも知れねぇ~ぞw」  「……えっ……」w? それにさぁ…と真潮は、言葉を続ける。  「だってよ。小学生の頃にも、教育実習に来ていた先生に惚れて、後追おうとしたろ?」  「アレは、追いかけたわけじゃないって言ったろ?」  「隣近所に住んでて、今日の放課後も公園で遊ぼうぜ! って言った矢先にバスで帰ろうとしてる大学生を、追いかけようとしたの誰だよ?」  「え……っと…」あの日、そんな俺に気付いた真潮が、大慌てで止めにきた。  “ 金も、無しにバス乗んなよ。大学生にストーカーしてんじゃねぇよ !? キモさ100倍で…マジで、キモいぞお前 !! “  …と、その場で、キレられ引き摺れるように、連れ戻された。  「アレは…」  「それだけじゃねぇーだろ? 中学でも、似たことがあったろが…」  あの時は、  “ お前なぁ…いい加減にしろや… “  …と、とうとうブチ切れられた。  「…って事で、今回一目惚れした相手は、この間、廊下で擦れ違った臨時職員の天笠さんか?」  へぇ。鋭い。  「いや…鈍いんだよ。お前が !! 大体。臨時で来るヤローばっかり惚れやがって…止める方の身にもなりやがれ…」  「うん…」  「あっ…でも、今回は臨時って言っても、直ぐには居なくならないらしいから安心しろ…」  「………」  「なんで、無反応? そこ重要じゃねぇ?」  「噂で、聞いてるし。天笠 紅雨先生の弟さんで、子供の頃に治ったと思ってた喘息が、悪化して留学先から先月戻ってきたって、まぁ…あの容姿と、あの顔だし。教員じゃないから。結構、女子の間では話題に上がってる…」  俺の発言に真潮は、唖然とした顔をした。  「余裕じゃん」  「いや別に…」  「俺はてっきり。中学同様に余裕無いって感じで、突き進むのかと思ってたよ…」 確かに気が、気ではないけど、  「だってよ。天笠さんって、留学できるぐらい学力があって、おまけに語学力。そこで自活できる生活力。しかも親類縁者が、この学校の関係者。新任の天笠 紅雨先生の弟さんだろ? それなりの家柄で、おそらくお金持ち。あの顔、あの容姿…ほっとかれないだろうな…」  「…………」  「お前も、顔と容姿では、負けてないんだから。視界にはは居んじゃねぇ?」  「あはは…だといいね」  「何かコエー。不気味。どうした?  今回は、好みじゃなかったとか?」  「…………まぁ……」  目をパチクリさせて真潮は、押し黙り。  「何か、からかったみたいで悪かった」  と平謝りする。  そして、自分から話題を変えた。  「そう言えば、お前を、スカウトするヤツらの中に…かなりしつこいヤツ居だろ? あんまりいい噂聞かねぇーから。気を付けろよ…」  モデルとか、興味ないから片っ端から断ってるから大丈夫だと思うけど…  「っうか、昔から顔だけは、良かったもんな。女にモテんのに勿体ねぇ…」  「そりゃどうも」  でも、スカウトとその関係者の出待ちは、俺も困ってる。  「だろ。今度、抗議しようぜ…お前…猫被りで、素は口悪りーから。オレと話してる時みたいな口調で言った一発で、追い返せるぜ!」  「確かに」  一緒になって、ヘラッと笑ってくれる真潮は、更に話題を変える。  「…で、本題。3年の先輩に言われた合コンどうすんの?…」  まさか、それを聞くために放課後引き留められてたのか?  「行くわけねぇーだろ…大体。お前だって、彼女持ちだろ? 行くのかよ」  「行くかよ。オレ彼女ちゃん一筋なんで、先輩に確認してきてって、頼まれただけだよ」  ふんぞり返るように前の席に座る真潮は、笑う。  俺が、俗に言う合コンで得られるものは何もない。  確かに同級生や後輩、先輩の中で、可愛いとかキレイと噂される子を見て、素直にその通りとは、思うけど…  「女子は、自分の中の好きの中に当てはまんねぇーもん…」  自覚ならしてる。  「許容範囲外って、やつか?」  「まぁ…そんなとこ」  フト、窓の外が目に留まった。  うだる程のに熱い空気。  遠くに見えるアスファルトの逃げ水。  窓を開けなくても、耳の奥に響くセミの鳴き声。  こう言う間と言えばいいのか、現実的で確実な中に居る1人の自分として考えてしまう。  「なぁ…俺が言うのも変だけど、やっぱり。俺って変…」  「変って、例えば」  「いやその…」  「…恋愛相手に、ついてとか? 」  「まぁ…そんなところ…」  「別にオレは、何って言うか、言葉選ばずで言えば、お前とは家も近いガキの頃からよく知ってる幼馴染みだろ? だからお前のそう言うトコにも、気付いたって言うか、それに…ほら。誰にだって恋愛の条件とか好みは、有るだろ?」  「うん…」  遠くから見知らぬ誰かの話し声が、聞こえる。  放課後って、なんか微妙に疲れる。  「…それと、同じってな…じゃオレは、帰るから。また明日」  真潮は、軽く手を振り教室から出ていく。  1人残された教室は、怖い程静かで息苦しい。  言葉に詰まるような…  昼間に入れたメッセージには、既読は付かないまま。  連絡も、メッセージも、何もない。  溜め息と言うよりも、舌打ちが出た。  「帰るか…」  何か、普通に授業受けて、問題解いてる方が楽だな。  スクールバッグを肩に、もう片方の手にスマホを持ち教室を出る。  この学校は、ある一定の部活動は、盛んで大会に出ているけど、俺みたいに部活動に参加していない生徒、所謂帰宅部も一定数居る。  「……………」  何度、スマホを見ても既読スルー…  イラッと、しながら。  “ 大丈夫? ” とだけ打ってみる。  普段は、スマホを見ながら歩いたりしないんだけど…  反応無さすぎだろ?  ヤバい。  イライラしてた。  無視されてるとか、そんなんじゃないと思うんだけど…  いや。  でも、敢えて無視してるって事も、普通に有り得る。  気付いていても、まっいいかって言っちゃうような人だし。  フーッとした溜め息なのか、呆れたように歩いていると、あっという間に昇降口に辿り着いてしまった。  人影が、まばらな廊下にグラウンドを使用している部活動の掛け声。  既読スルーなメッセージ。  天笠さんと、廊下で擦れ違った日。  同じように擦れ違ったと言う女子が、情報源となり。  名字からして、紅雨先生の弟なのではと、話題に上った。  そんな噂を耳にする度、余計に落ち着かなくなって、イライラして…  「やっぱり。天笠さんって、パッと見カッコいいよね?」  「擦れ違った子に聞いたけど、優しいそうで、カッコ良かったって」  「あぁ~っ、先輩も、似たこと言ってた…」  「私も、擦れ違いたいなぁ~!」  あの容姿だもの。  噂にならない方が、変だって…  「着てた服も、良さげだし?」  「バカね。あの服は、それなりに高いものよ」  「さすが、ここの学校の親類縁者だわ。ってか、あの天笠 紅雨先生って、お姉さんなんでしょ?」  「苗字同じだし紅雨先生も、綺麗な人だもんね。アレは、血筋よね」  「そう言えば、部活の先輩言ってたけど、年が近いから。ワンチャンないかって探ってるらしいよw」  ガツンーーッ……  放課後だから音が響く響く。  無意識に…  壁…  蹴ってた。  「…………………」  「アレ? どうしたの? 縹くん。怖い顔して?」  「えっ…あっ…躓きそうになって…」  「大丈夫?」  「アハハ。大丈夫……あっ、俺…教室に忘れ物したみたい?」  「本当に、大丈夫?」  「うん」  額と背中に冷や汗を、かきながら愛想笑いをしながら来た道を戻る俺。  もしかして、動揺してんのバレた?  ヤバイ?  ってか、天笠さん。  人気ありすぎじゃない?  気持ちを落ち着かせようと、ゆっくりと下がった階段を、また上がる。  いや…  人気あるのは、今更だよ。  容姿で、騒がれるのも分かりきった事。  スマホを、眺める。  既読の表示がされる気配無し。  分かった。  おそらく。  着信音切ってる。  バイブにも、してねぇーっ…  俺は、自分の教室を通り越して作業室の扉を開けた。  もしかしての人知れぬの癖が、発動中だ。  生活音をシャットアウトして、好きな音楽を、聞きながら作業する。  しかも、その顔に似合わない超重低音で爆音系のヘビメタ。  それを、最高の音で聞くために選び抜いてた最新式のワイヤレスイヤホン。  勿論、聞く上で音漏れは避けたいからと、それも考慮したワイヤレスイヤホンに耳を塞がれている天笠さんの後ろ姿が、窓際に見えた。  超重低音のせいか俺が、作業室に入って来た事には気付いてないようだ。 そっと、近づいたわけじゃない。  一応、名前を読んでみる。  「天笠さん !!」  「……………」  「あのぉーーっ !!」 パソコンのキーボードを打つ指が止まらない。  「やっぱり。聞こえてないか…」  そっと近づいて、右耳のイヤフォンを取り上げると、ピタッと動作が止まった。  「もう。放課後なんだけど…知ってた?」  「へぇ…」  「時間と、メッセージ確認してよ…」  慌ててスマホの待ち受けを、確認する天笠さん。  「あっ、ゴメン…」 申し訳なさそうに苦笑して見せた。  「お昼は? ちゃんと、食べた?」  「食べたよ。薬もちゃんと飲んだし。心配性だね」  当然の事を、さも自信ありげに話してみせるとか…  どの口で、心配性だとか言えるのか…  年上なのに、年上っぽくないけど…  仕事は、出来るし。  「ってか、今日は何を、聞いてるんですか?」  イヤフォンを、耳に近付ける。  予想を遥かに越えた超重低音と、一般的にシャウトと呼ばれる…  パフォーマンス?  そう言う歌?  詳しくない俺が聞くと、歌詞なのか叫び声なのか分からないけど…  こんなにも、にこやかに爽やかに微笑んでいる天笠さんが、平然と聞いているのが不思議なぐらいの楽曲。  いや…別に偏見は無いけど、これだけの爆音。  本人の耳が、若干心配になる。  俺だって、たまにロックだって聞くし。  少しならヘビメタだって聞くこともあるけど…  「聞くのは、構わないけど…音量下げて聞いてよ…」  頷いているようで素知らぬ顔して、再びパソコンに向き合う天笠さん。  しばらく打ち込んだ後、フイに振り返ると… 「…明日の職員会議会議で、使う資料の入力が、もう少しすると、終わるから。一緒に帰ろう」 「うん…」  結論から言うと、俺と目の前で入力作業している天笠 緑雨さんは、付き合っている。  付き合っていると言っても、イチャイチャしている恋人って訳でもない。  だから一応。  何って言うか、押し掛けて付き合う事に漕ぎ着けた。  お互いに?  別に無理矢理にとか、弱味を握って脅したとか、脅された訳じゃない。  誠実に? 誠実な?  何って言うか、小学生の子が、初めて人を好きになって、取り敢えず付き合い始めた雰囲気に似てるのかぁ?  まぁ…俺の告白を、否定しなかったし。  迷惑とか、そんな気は、元々ないのか怪訝な表情もされなかった。  それは、それで俺的には嬉しくて…  舞い上がってしまえる程だ。  ただ…  天笠さんが何を考えていて、俺をどう思っているか、分からなくて不安で仕方がない。  恋愛がどんな感じなのか、判断する要素も経験値とかも足りないし。  ずっと、片想いだったから。  でも、付き合ってもいいって言われても、天笠さんの口からは、好きだとか聞かないし。  俺が、押し掛けてしまったから。  図々しく聞いていいものなのか…  答えが、分からない。  4に続く。
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