8人が本棚に入れています
本棚に追加
土屋(教師)と藍田(生徒)の場合1
退屈って、言葉が割りと好きだけど…
眠い。
ダルい。
毎日が、つまらない。
午後イチからの授業と放課後は、憂鬱で、もっとダルいは、好きじゃない。
長引いた残暑が、感じられなくなってきた秋の入口。
日によっては、過ごしやすいから。
いつもにも、増して眠い。
そんな時、サボりクセが付いている僕は、朝からクラスになんって居ませんでしたよぉ〜って感じに、静かに居なくなる。
誰かが、気づいた頃は、もう放課後…
あれ?
いつの間に消えたの?
ぐらいに、思われているらしい。
まぁ…同じクラスの連中は、どうだって良い。
皆に合わせる気も、最初から無い。
退屈にならないようにってだけの付き合いだから…
それにしても、サボりに先客がいたとか…
気持ち良さげに…
窓際の床に座り込んで壁にもたれて寝こけてるとか…
先生も、サボるんだ。
たまたまドアから見えた机の上。
無造作に置かれた水色のボールペンと書類、飲み掛けのペットボトルのお茶。
誰かいるのかなぁ~って、興味本位でソッと空き教室入ると、そこに居たのは担任の土屋。
下の名前は、忘れた。
ってか、知らない。
性格は、真面目な顔して真面目な事しか言わない。理想像に近い先生って言う先生。
しかも面白味が無いのに一部生徒の間では、顔や容姿が格好いいとか言われているみたいだ。
でも、何となく胡散臭そうで僕は、少し苦手。
土屋からしたら。
僕みたいな生意気で、不真面目で救いようがない生徒は、嫌いなんだろうな…
よく睨まれてるし。
着崩してる制服も、なんか言いたそうだけど、言ってこないし。
マジで、ムカつく。
だから。
こんな先生の姿。
大声で、笑いそうになった。
「本当…こんな所で、寝てるとか、無防備過ぎ…」
って、首元の所の赤っぽいの痣?
まさか、キスマだったりして?
何か、見てみたい。
そう…
単なる好奇心。
僕は、薄い笑みを浮かべながら。
触れるか、触れないか、ギリギリに自分の指先を、緩められたネクタイとシャツから見える首の付け根に近づけ襟元をずらした。
そこまでされても、起きないとか…
鈍感通り越して、バカだなぁ。
夏の暑さの中でも、シャツの襟を緩めずにネクタイもしっかり締めてた理由は、何の跡かな?
ただれて見えるし…
火傷?
首に?
しかも大きい。
って教師が、首に傷ってヤバくない。
何この人?
傷隠してんの?
やっぱり、胡散臭い。
上着のポケットからスマホを、取り出しアプリ内にある無音で写真を撮れるカメラを起動させた。
どっからどう見ても、土屋と分かるアングルで、パシャリと一枚。
思わずニンマリしてしまった。
「じゃ…ねぇ~っ、先生」
僕は、そのまま出ていった。
別に誰かに、言いふらす気はなかったし。
傷についても、何でついてるのとか、変な言い掛かりも、つけるきはない。
ただ何となく、撮ったに過ぎない。
まぁ…
どうでも、いい。
凄く眠くて、午後からの授業をサボる為に人の気配の少ない三号棟の三階に足を踏み入れた。
場所は、教材準備室。
簡単に言えば、元教室何だとか…
三号棟と言っても、敷地内の建物の中では一番古いらしい。
ただ老朽化って、程でもないから。
物置きとか、会議室とか…
部活の部室とか?
文化系の部活の作業場とかね…
色々な使い道は、聞く。
で、お決まりみたいに鍵でしか、開かないはずの部屋だけど…
先生達も、知っているはずらしいけど…
壊れた下の戸から入れるのを、誰かが先生達に言ったらしいけど…
敢えて、黙認してるみたいだって…
噂に寄ると、生徒の出入りを見つけたら。問答無用で捕まえて罰するとかね。
なんか…悪趣味過ぎて、マジでコワ。
だから調べた。
効率良く自分が、サボれる方法を。
確かに一時間に一度は、見回りにくるみたいだ。
ただ来る先生によって、中まで調べる人と、ドアまで来て様子を伺ってくだけで終わる先生が半々ぐらい居るようだと…
まぁ…生徒達が、サボらないようにって、それなりに注意喚起されてるけど、僕のようなヤツも結構いるんだ。
それとこの部屋、裏ではヤリ部屋としても有名なんだ…
これも、一定数の生徒達が、出入りしている理由の一つ。
学校まできてヤる意味。
僕は、もう懲りたからヤらないけど…
それ前までは、僕も似た事していたから。
確かに、バレるリスクの方が上なんだけど、それでも止めなかったのは、スリルみたいな感覚だったかもしれない。
今かすると、ホントにアホらしい。
スリルなんっての求めて盛って、停学や退学とかなったら黒歴史だもん。
どっかの誰かみたいにさぁ…
どうせヤるなら、効率良くヤらないと。
だから、取って付けたようなキスは要らないし。
見せ掛けの甘ったるしい言葉もいらない。
後々の残った傷口みたいに腹の奥が、疼くような余韻とか、快楽が残るとか…
もっと、必要ない。
ただ。自分以外の体温に触れていたいだけ…
他人から好きだとか、自分を好きになって欲しいとか、セフレみたいな相手が、僕に言い寄ってくるのを、面倒だからと受け入れない僕に相手は、我儘だと言いながらも、しつこく付き合ってとか、セフレは嫌だとか…
本当、一時期はウザイかった。
ウザイから無視してたら、いつの間にか連絡が途絶えて僕の方が、ブロックされたらしい。
まぁ…それはそれで構わないけど…
だから今のところは、明確なセフレはいない。
だからって、今更自分の欲求を満たすのにマッチング系に手を出す気には、なれないし。
かと言って学校で相手を探すのは、マジでめんどい。
噂さや詮索も、されたくない。
セフレが、同じ場所に居るとか気持ち悪い。
好きになってもらうのも、愛されるのも困るから。
僕は、ここ以外の場所で、温もりだけをくれる相手を探している途中。
そう言えば、カメラ起動させたままだった。
画面に残された土屋の写真を、思わず指でなぞり上げる。
本当に気付かなかったのかな?
寝た振りって事も、ありえる。
そう言えば、何で写真を撮ったんだっけ?
面白そうだからだっけ?
けど実際は、先生なんって脅しても、何にもならないし…
って…傷跡で思い出したけど、土屋って夏場でも、肌を露出した服装しないよな…
他の先生達が、薄着でTシャツやポロシャツ着てるのに服装は、いつもネクタイで薄い色味の入ったYシャツで、必ず長袖か、袖のボタンを外して肘下まで、まくるぐらい。
その下にも、何か薄い七分袖のシャツを着てるっぽいし。
確かこの間…
三年の先輩が、昇降口近くで悪ふざけして、台に置かれた消火器を床に落下させて真っ白な消火剤を、ばら撒いた事があった。
消火剤の白煙を火事の煙と勘違いした生徒ら数人が、非常ベル押すは、また誰がバケツやらホースやらで、水を蒔いた為に廊下や昇降口は水浸しの上浸水被害。
床上一センチと言う状況で、教職員がサンダルやらどこにあったのか長靴姿で、ゾロゾロ出てきた。
その中に土屋も居たけど、あの時は珍しくジャージで膝下くらいに捲って大掃除してたっけ…
でも、袖は捲くらず長袖のジャージのままだった。
まぁ…一階の教室が、大雨の洪水でもないのに水没するって、中々ないものね…
教員と生徒総出の大掃除。
その日は、午後からの授業が潰れてラッキーってな感じに思ってたけど…
動けば蒸し暑くもなるわけで、ジャージの上着を脱ぐ先生が多い中でも、土屋だけは最後まで脱がなかった。
それだけ。見られると、ヤバい傷跡ってこと?
首や肩に腕…
もしかしたら背中とか?
そうまでしても、隠したい傷跡ってこと?
殴られて出来た傷跡は、後に響くように残って…
蹴られて出来た傷跡は、強く苦しめるようにどこまでも付いてくる。
それ以外の傷跡は、どんな風に身体に刻まれていくのか…
今まで、ただの担任って思っていたけど、より鮮明に興味が湧いた。
色々と聞き出したい。
でも、土屋とは接点ない…
簡単に、近付けような距離感でもない。
今みたいに簡単に近付けたのなら…
そっか。
今みたいに、こっそり。
近付けば、いいんだ。
今日は、たまたまかもしれないけど。
土屋の授業が無い日の午後とか、少し調べてみようかな?
楽しみを見付けた延長みたいな気がした。
でも、ここはサボリ部屋は、不特定多数の生徒が、来るしなぁ…
誰か、先約みたいなヤツらがいたら土屋は、間違いなく立ち去るはず。
いや…待って?
ドアから見えた書類やペットボトルで、生徒じゃない人がいることは、あれで分かるよな?
そんな中に入っていく生徒は、普通はいない。
そう言うと、好奇心で入っていった僕がバカみたいだけど…
でもまぁ…仮に見つかったとしても、何サボってんだ? って言われるのがオチだもの。
あれは、土屋自身がサボる為の目に見えたトラップとか?
だいの大人の先生が、そこまでするか疑問だけど…
分からないままは、あんまり好きじゃない。
どこまでが、本当か分からないけど…
土屋の時間割調べてみると面白いかも。
土屋は、まぁ…カッコいいけど僕の嫌いな大人だし。
別に、どうのこうのって事もない。
短人だけど、話したこともあんまりないし。
真面目で、何の面白味もない大人。
でも、今での担任と違って僕に対す接し方ぎ、少し冷めてるって言うか深く関わらないで、放任してるっぽいんだよな。
目もとくに合わせたりしないし。
教壇に立って、教科書を読み上げたり。
黒板に文字書いて、真面目な顔をして真面目なこと言って…
たまにクラスメートの誰かが、言った冗談や笑い話しを聞いて反応して、その生徒の話しに乗ったり相づちを打ったり。
そんなものだからクラスメートの受けも良くて、信頼もある。
…なんか居心地が、良いような悪いような…
まぁ…僕は、これ以上あのクラスに馴れ合う気持ちはないから。
可も不可もない。こんな距離感で、良いんだよって思っている所。
そんなときに見つけたのが、サボってる風な土屋。
そして知られたくなさそうな傷跡。
急に面白くなってきた。
クラスに戻った僕の顔を見たクラスメート達が、ニコニコした僕の顔をみて驚いていた。
「朝陽。どうした?」
「何が?」
「なんか、良いことでもあったのかなって?」
「えっ、何もないよ」
誰にも、教えない。
誰が、教えるか…
「ホント、何もないって…」
ウゼーっ、なぁ…
「なぁ…藍田が、ニヤニヤしてるときって、悪巧みの真っ最中かヤってる最中って噂で、聞くけどマジ?…」
「何それ僕そこまで、変態じゃないよ」
当たってると言えば、当たってる気もするけど…
僕って、何かいい加減らしいから。
人との付き合いとか不純混じりで、そう言うのも深く考えてない。
一々、気持ちいいことに、理屈とかそんなの並べても、全然面白くも良くないし。
それでも最近は色々、考えなくちゃならないのかなぁ…って、思うこともあるんだ。
『無抵抗。手をあげられる』
『殴られる。痛い』
『助けてくれない。コワイ』
『無視すんな…』
「藍田? どうしたん? コエー顔して」
「…何でも…」
多分。無意識に憂鬱になっているんだろうな…
身体を押さえ付けるようにように、机に座り込んだ。
⒉
誰かの気配を感じたのは、近づいていた影が遠ざかって、部屋から出て行ったから…
水曜日の午後。
この教材置き場で、調べものついでに仕事を片付ける事を思い付いてからだいぶ経つ。
元々、この時間帯は、空き時間で溜まった仕事を職員室て片付けていた。
その日は、たまたま教材置き場で調べものがあり。
どうせならと、昼の休み頃からここにいた。
冷暖房完備。
生徒もサボり等の部屋として使っているとは噂に聞いていたが、確かに快適と言えば思いの外、快適なのかもしれない。
あらかたの仕事が片付いて、時計を見ると昼休みも、終わりに近づき予鈴の鳴る頃だった。
次の午後イチは、毎週空き時間。
あぁ…こう言う使い方が、他の同僚達からすると、許されたことなのか…
そんな事を、ボンヤリしていると不意に眠気が襲ってきた。
ただ寝ると言っても、ドアから丸見えのこの机では、生徒や同僚に見付かりやすくあまり良いとは、言えない。
最初の頃は、夏場だっために奥の壁と教材を置く棚の影に…
秋口に差し掛かる頃からは、窓際の壁の日の当たる場所へと移っていた。
身を起こし何気に、室内を見渡す。
誰かが、居たような気がしたが……
まぁ…同僚なら起こすか?
それなら生徒?
居眠りしてる教師を、見ても何も言わないで立ち去る…
自分も、あまりいい立場ではなかったからとか?
まぁ…生徒が、授業中にサボってる自体ヤバいか…
緩めていたシャツと、ネクタイを締め直す。
フト首筋が、気になった。
誰かの指の感触が、微かに感じられたからだ。
見られたらマズイ認識はあるが、ヤバイものではないし。
同僚達は、皆察している。
これは簡単に言えば、火傷の痕だ。
まぁ…色々あっての痕。
そう言えば、この火傷痕を負った事故の直後、ヤツは…
ギャーッ、ギャーッ、泣き叫んでた…
俺は、動けなかったから。
うっせぇーなぁ…ぐらいにしか思ってなくて床にぶっ倒れていて…
担任やら他の生徒やら大勢に取り囲まれて、ストレッチャーだか救急車に乗せられた記憶しか残ってない。
うっすら。
ぼんやり覚えているのは、いつもニヤ付いた顔したフワフワしたヤツの顔が、今まで見たことないぐらいに泣いた…
そんなぐらいしか、覚えていない。
入院中ヤツが、見舞いに来た時の号泣には、さすがに引いた。
あの綺麗な顔が、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだぞ?
俺は、その事故後一年休学し転校して卒業した。
ヤツとは、腐れ縁で未だに会う事もある。
ヤツは、今…
ドコだっけ? 恋人と外国にいるとか、何日前に連絡きてたな…
相変わらずな文面と絵文字にスタンプ。
ツーショットのニャニャした顔の写真が、送られてきた。
まぁ…互いに向けての…一種の生存確認だな。
そうだ。
あの生徒に似てる。
学年…いや。
学校の問題児、藍田 朝陽。
見る度にヘラヘラ、フワフワと笑う。
クラスの連中の事なんって、何とも思っていない。
おそらく、その他大勢として区分しているんだろう。
見ていると、本音を言わずに笑ってるだけ藍田の方が、ヤツよりましかもしれないが、俺からすれば同等だ。
ヤツは自分以外の誰か、仲間や友達を作るのは、平穏な生活を送るための道具だからと平然と俺に言い放った。
さすがにヤツの行動は、異常と思い。
距離を置こうとした日に、急に俺を、お気に入りにする! とか言い出して俺の側を陣取り逆に距離が、縮まった。
誰の目にも分かるように俺は、慌てたが、それは後の祭り。
それからは俺自身も、ヤツと同類しされるようになっていった。
無視すれば、すがるように擦り寄り。
相手にすれば、しただけ我が物顔で振る舞う悪循環に吐き気がした。
「お前は、何がしたいんだ?」
そんな俺の問にヤツは、軽く触れる程度のキスをしてきた。
ハッとしたような俺の顔に気付いたのか…
「別にそう言う関係になりたいわけじゃないよ。土屋には、付き合ってる子いるでしょ?…」
ヤツの顔は、フワリとしていて妙に嬉しそうだった。
「…って、僕が、原因で別れたんだっけ?」
「だったら。何だ?…」
「だったら。付き合っちゃう?」
「無い…」
「えっ、即答?」
期待でもしていたのか、ヤツは唇をへの字に曲げて、頬を膨らませた。
あどけないような幼い雰囲気。
人懐こい表情は、いつも誰かを魅了し常に周りを騒がせいた。
同じクラスでもないし。
ヤツの我が儘で、近くに入れるだけのおかしな関係。
そんなヤツの姿が、現在の藍田 朝陽の姿に重なって見えはじめている。
誰かと一緒に居るようで、一緒にいない。
人の話しも、いい加減に聞いている。
つまらなそうで…
辛そうに、生きている。
でも、自分からは決して群れようとは、してこない。
助けを、求めてこない。
『面倒くさいよ。人の顔色ばっかり気にしたくない。どうせ毎日なんって…ダルく繰り返すだけなんだから。つまんないって思えるぐらいが、ちょうどいいんだよ』
薄暗い室内から晴れた青空を見上げる。
一時的に眩しさから奪われる視界。
ヤツは、最初から最後まで本音は言わなかった。
今は、そうでもない関係だと思っている。
『土屋……ホント。あの時はゴメン』
事故後にヤツは、俺にそう謝罪した。
俺以外の周りを、どう思っていたのか…
俺を、どう思っていたのか…
今ヤツは、過去の事とはぐらかす。
ただ俺は、ヤツの存在をどうでもいいとは、一度も思わなかった。
ただ冷静に好きだったのかと、たずねられると上手く答えが出せない。
ヤツも俺も、明確に好きかと言う意志を表さなかった。
友達と言うよりも、親友に近いが親友らしくもない。
バグった距離で、近くにいただけの存在。
また気が向いたら連絡するとか、言ってたなぁ…
それは、そうとして。
問題は、藍田だ。
俺は、残りの時間を気にしつつイスに座った。
学校の成績は、かなり優秀。
書類上で藍田を、初めて見た印象が、そうだったが、数々の問題行動は、まさに荒れていて…
「人気だけは、あるんですよね」
「何って言うか、藍田の恋愛対象は、同性らしいんですけど…女子とも、それなりに付き合うとか…」
そう言えば、いつだったか…
一年の男子と同学年の女子が、藍田の事で凄い言い争いをしてたと聞いた。
「あぁ…昼休みの? 友人達が、止めに入ったってやつ…」
「俺ら教員からすれば、子供なんですけどね。隙を突くように悪さをするみたいな生徒ですよね」
俺の前の担任と一年の時の担任は、精神的に追い詰められたみたいで自ら学校を辞めたと聞かされた。
初代担任は、知らないが…
前担任は、知ってる。
俺はそのサポートを半年程していた。
一年のときの二代目担任 (前担任) が、年明け早々に辞めたために急遽祭り上げられ…
そのまま二年の今に至る。
なぜ、年明けなのかと言うと、年末から年明けに掛けて藍田が、家に帰ってこない。
連絡がつかないと、騒ぎを起こしたからだ。
見付かったと言うか、戻ってきたのは、明日から学校が始まるとされた冬休み最終日。
二代目担任は、その頃胃をやられた挙げ句不眠で入院。
そのまま自宅静養となり辞めていったというわけだ。
俺は、繋ぎとなったが、先に言ったように祭り上げられた。
それからまた直ぐに、藍田が複数人と同時に付き合っている事が発覚し。学年をまたいで修羅場になりかけた。
まぁ…その時は、あの藍田だからと言う理由で、だらけるように沈静化した。
で、懲りたかと思えば、他人事のようにキッパリと付き合いを辞め鳴りを潜めたかのように思えたが、二~三週間後に同学年の男子生徒との暴力事件と言うか、付き合う。付き合わない。
ヤたヤらないの騒ぎを、学校で起こした。
それが、今年の二月頃の話で…
まぁ…歴代の担任よりは、もっている方だとは思っているが…
俺が、こう言う騒ぎに慣れてるとは、口が裂けても言えない。
藍田も、ヤツも似た人種と言うことに違いないが、他の誰よりも行動が読めない。
その分、慎重にしたいが、大人に対して信用していないのか、近寄ってもこない。
で、近寄ってくんなと、意思表示をしてくる。
おそらく。
歴代の担任達が、失敗したのはそこだろう。
無理に心を開かせようとして痛い目にあったと言うところだ。
こちらに振り返りもしないヤツが、言うことなんって聞く分けねぇーだろ?
だから俺は、藍田に対して声も掛けないし。気も掛けていない。
ましてや心を…なんって、小難しいこともしていない。
その他大勢の扱いで十分だ。
確かに藍田によって引き起こされた事件事故に対して、大人なら身の保身にはしりたいのは、よく分かる。
正直、こう言うタイプは、周りを巻き込みやすいから。逆らうよりもその周りごと流せれてしまった方が、被害も少なく済む場合が多い。
ヤツに関することが、そうだったように…
ただあの時は、ヤツも俺も、周りも、全てがあの場から逃げたが、一番合っているけどな。
一部が納得して、見知らぬところは納得しないまま…
終わったんだと、思うようにしている。
授業の終わりを、告げるチャイムが鳴った。
次の授業は、担任を任されている問題のクラスだ。
間隔の短い休み時間と言うこともあり俺は、そのまま二組へと向かうことにした。
その途中で、予鈴が鳴り。
教室が視界に入る頃には、本鈴がなった。
クラスに入りまず驚いたのは、例の藍田が、居たことだった。
朝のホームルームも、寝坊やらで姿を表すことも少なく。
ましてや水曜日に限らず午後は、居ないに等しい。
まぁ…気が向いたかで、遅れて来ることはあるが…
最初から席に着いているとか、雨でも降んじゃねぇーのか?
と、教師だが…思わずには居られない。
それ程まてに、珍しい現象だ。
心なしか…
クラスの連中も、何事かとソワソワしている感が伝わってくる。
「取り敢えず。授業を始める…先週やったページの続きを…」
「ハイ。質問!」
見ると藍田が、手を上げて大きく振っている。
ここは、穏便に済ますべきか?
「なんだ?」
藍田は、ニヤリと微笑む。
「ねぇーっ、土屋の下の名前って何て言うの?」
「はぁ? 」
よく思考回路が、停止すると言うが…
本当に停止するんだな…
いや…
論点は、そこじゃない。
他のクラスの連中も、似た事を思っていたに違いない。
「あのさぁ…朝陽くん。下の名前ってより…先生に呼び捨ては不味いんでない?」
「…そうそう! あの年上だしね。友達じゃないんだから。敬語か、せめて丁寧語とか?」
多分。
周りでフォローしている生徒も、何を言っているか、分かってないかも知れない。
「ねぇーっ、教えて!」
聞いちゃいない。
話も、通じないのか?
って、これで成績優秀者って…マジか?
すると藍田は、のっそりと自分の席から立ち上がり。
おもむろに上着からスマホを取り出し俺に近付いてくる。
「あのさぁ…ID教えてよ。交換しよ。交換! DMでもいいよ!」
と、お得意の笑顔で見上げてくる藍田に思わず半ギレしかけるのを、なんとか誤魔化し藍田のスマホを、スッと掴み教卓に伏せる。
「え?」
「授業中のスマホ使用は禁止だ。スマホは、今から預かる。放課後、職員室の方に取りに来るように…」
明らかにクラスの空気が、おかしくなっている。
「なんで! 取り上げるの!」
「聞いてたか? 授業中のスマホ使用は禁止だ。以上…」
「じゃ土屋の下の名前!!」
「藍田! いい加減しろ…」
正直、ブチ切れ寸前だった。
俺は、藍田のシャツとダボッとしたニットの背中を掴み廊下に出すと、ドアに鍵を掛け。後ろの席の生徒に対し後ろのドアにも鍵を掛けろと指示をする。
「ちょっと、土屋! ドアを、開けてよ!! ねぇーっば! 土屋 !! スマホ返してよ! 土屋 !! 無視すんな !!」
…正直。ただドアを、開けてよ。
だけの叫びなら開けなくもなかったかも、知れないが…
「子供のかんしゃくかよ…」
おまけに何回、人を呼び捨てにすんだ。
「それで、あの藍田を、摘まみ出した? と…」
職員室では、その話が、早くも話題となっていた。
他の先生方から、注意を受ける覚悟と言うか、
「何って言うか…」
「まぁ…生徒達が、影で私達を、呼び捨てだったり。変なあだ名付けたりして呼んでるのは、知ってますけどね…」
マイボトルのお茶を、飲みながら真後ろの男性教諭が、キャスター付きのイスを、転がしながら近寄ってくる。
同調するように隣の女性教諭も、相づちやら言葉を口した。
「けど、面と向かって、呼び捨てやID交換しよ。は、ないですね…冗談で教えてぇ〜とか、ありますけど…」
励まされているのか、けなされてるのか微妙だな。
でも、この行動が、問題視されることはなかった。
「しかし…土屋先生も、思い切ったことしましたね。あんな問題を…」
「いえ…大人げなかったです…」
「でも、逆にそうでもしないと、授業にならなかったのでは?」
それは、一理ある。
「摘まみ出すなんって、今までの先生達はしませんでしたよ」
そりゃそうだ。
普通は、しないだろうな…
出身高校が、かなり荒れていて…
正門では、毎朝一部のやんちゃな生徒と生徒指導先生方との小競り合いが、日常化していて、それが普通で…
「藍田のような自分勝手と言うか…そう言う生徒が、多かったって感じですかね?」
周りの同僚達は、マジか? と言う顔をする人や呆れ顔や目を泳がせるもの様々だ。
「それは、凄い学校ですね…」
本当に笑うしかない。
ただあの中にいたから、対処できるようになったと思える。
まぁ…人によっては、その場面を無視するだろうし。
関わりを、絶つだろうし。
何らかの反応を、見せるだろう。
…俺の場合は、どうなんだろうか?
近寄ってこようとしたのは、自分からか、藍田からか…
そんなふうに思いながら、談笑していると不貞腐れたような声で、藍田が職員室へと入って来た。
スマホを取り上げたことにも、かなり怒っているようにも思える。
何よりも、教室を追い出したことにも、怒りを感じているのかも知れない。
生意気にも、威圧感とはまた別な仰々しい雰囲気を漂わせている。
「あのスマホを、取りに来ました…」
顔を合わせようとも、目を合わせようともしない藍田に、腹が立たない訳じゃない。
職員室と言う空間、俺自身もあまり好きではない。
シーンとしている割りには、ざわついていて落ち着かない。
異質とまでは言わないが、特殊な空間。
そこに、わざわざ入って来る立場としては、子供ながらに視線は気になるだろう。
変に緊張するのは、仕方がない。
まぁ…取り敢えず申し訳ない程度には、思っているらしい。
「気を付けるように…」
「……だけ?」
「以上」
俺からスマホを受け取るが、表情がすぐれないのか、視線を伏せそのまま職員室を、出ていった。
最初のコメントを投稿しよう!