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2、幼なじみ
「おはよう、ミチオ」
「おはよう、キヨ」
キヨと僕は同じマンションに住んでいて、上の階に住んでいるキヨは毎朝僕を迎えに来る。
僕とキヨはサッカー部で、低血圧気味な僕が朝練に遅刻したら大変だからって世話を焼いてくれるんだ。
ちなみにキヨはレギュラーだけど、僕はベンチ入りすらしていない補欠。だから僕が朝練に顔を出さなくてもきっと気付かれないし、誰も困らないと思うんだけど……。
それでもキヨは、毎朝律儀に僕を迎えに来る。
「あれ? ミチオ、ちょっと顔浮腫んでない? 瞼が少し腫れぼったい気がする」
「え、そう……? 寝る前にお茶飲んだからかなぁ」
キヨは、僕のどんな小さな変化にも気付く。僕自身も毎朝鏡を見てるのに、自分じゃ気付けないところにもキヨは気付いてくれる。
「原因が明白だね」
男でも惚れるような綺麗な笑みを浮かべながら、キヨは僕の瞼にそっと触れる。まるで壊れ物を扱うような優しい手つきだ。
僕は触っても壊れたりなんかしないのに、変なの……っていつも思う。
「まあ、どんな最悪なコンディションでもミチオが可愛いことに変わりはないけどね」
「だからそれやめてよ……男の僕が可愛いなんて、そんなことあるわけないってば」
キヨは昔から僕のことを『可愛い』と言う。やめてほしいと何度も言ってるのに、他に僕が嫌がることは何もしないけどこれだけは一向にやめてくれない。
「そんなことあるから言ってるのに。いい加減事実を受け入れなよ、ミチオ」
「そんな事実ないから……大体、そんなこと言うのキヨだけだよ?」
「ミチオの可愛さを知ってるのは俺だけだから当然じゃない?」
「……」
キヨの唯一の欠点は目が悪いことかなぁ……視力、両目2.0だって言ってたけど。
僕とキヨの関係は、僕が小5の時に父親の仕事の都合でこの町に引っ越してきた日から続いている。
荷物運びの邪魔になるから外に遊びに行けと母に言われ、無慈悲にも僕は家をおん出された。まだ友達もおらず、近くに公園などの公共施設があるのかすら分からない僕は、マンションの前で佇みひとり途方に暮れていた。
そんなかわいそうな僕に話しかけてくれたのが、キヨだった。
『ねえ君、うちのマンションに引越してきたの?』
キヨは既に僕より背が高くて、今から公園にでも行く予定だったのか右脇にサッカーボールを抱えていた。
僕は今まで――前の学校の生徒も含めて――同じ小学生に対して『きみ』呼ばわりする男子も、こんなに整った顔をした子どもも見たことがなかった。
数秒間見惚れていた、と思う。黙ったまま木偶の坊みたいに突っ立っている僕に、更にキヨは話しかけてきてくれた。
『同じ学校だよね? 俺は今、5年生なんだけど』
『あ、ぼくも5年生……だよ』
『君も? 嬉しいな! 友達になろうよ。名前はなんていうの?』
『コバヤシ、ミチオ……』
『ミチオ君だね。俺は水沢潔。自分の名前、あんまり好きじゃないんだけど』
『そうなの? ……じゃあぼく、キヨって呼ぼうか』
『キヨ? それいいね! 俺はミチオでいいの?』
『うん、いいよ』
僕はこの頃から人見知りが激しくて、友達を作るのは大の苦手だった。なのに、キヨとはすぐに打ち解けることができた。キヨは初対面から優しくて、まるで芸能人みたいに綺麗な顔をしていて……僕は、すぐにキヨのことが大好きになった。
あれから7年。キヨと僕は同じ中学に上がり、同じ高校に合格して、高校二年生になった今でも友人関係は変わらずに続いている。
これからもずっとこの関係が続けばいいな、と思っていた。
僕は純粋に、そう思っていたんだ。
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