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5、夕食の誘い
部活が始まる前、部室でジャージに着替えているとキヨに夕飯に誘われた。
「ねえミチオ、いきなりで悪いんだけど今日うちに晩御飯食べにこない? 今夜は母さんも兄貴もいなくてさ、俺一人なんだ。父さんは出張で元々居ないし」
「そうなの?」
「うん、母さんから連絡来てたのさっき気付いたんだ。ミチオ君を呼んだらーっておかずも多めに作ってくれてるみたいだし……悪いけど来てくれない?」
おばさんにまでそう言われたんじゃ、僕に断る理由は無い。
「じゃあ僕、お母さんに連絡するね」
「俺から言おうか? もう晩御飯作ってたらおばさんに悪いし」
「いいよ。それにうちのお母さん、晩御飯取りかかるの遅いから大丈夫だよ」
キヨが僕に過保護なのは、もはやどちらの親も公認だ。なのでこんな突然の誘いは珍しいことじゃない。
「ミチオがうちに来るの久しぶりだから嬉しいな、ごはん食べたあとにエッチなDVDでも見てみる?」
「キヨ、そういう風にからかうなら行かないよ」
「嘘だよ。ほんと、ミチオは純情だよね」
「うるさいなぁ」
僕は下ネタが苦手だ。キヨだって知ってるはずなのに、なんで今日はそんな意地悪を言うんだろう……まあ、キヨの意地悪なんて有り余る優しさの中のちょっとしたスパイスみたいなものだけど。
だから僕も怒ったり拗ねたりはしてみせるけど、別に全然本気じゃない。
下ネタは、本当に苦手だけど。
学校から家までは徒歩20分の距離だ。キヨの成績ならもっと上の高校を狙えたのに、サッカー部がまあまあ強豪っていうのと家から近いっていう理由だけでこの高校に決めたらしい。
僕は他に選択肢が無かったんだけど。
でも、キヨが僕と同じ高校に行くと知ったときはすごく嬉しかったし、安堵したのは事実だ。
「上がってミチオ。すぐご飯にするから」
「僕もうお腹ペコペコだよ……あ、もしかして今日カレーかな?」
「みたいだね。母さんがミチオを呼べば、なんて言うからご馳走かなって思ったのに……なんかごめん」
「なんで? 僕、カレー大好きだよ」
むしろカレーで嬉しいくらいだ。大好物だし。
「ミチオは優しいね」
キヨはにっこり笑ってそう言った。キヨの笑顔はキラキラと眩しくて、僕が女の子だったら一発で恋に落ちるだろうなっていつも思う。
「何それ……別にふつうだよ?」
本当に僕はカレーが好きなんだけど……というか、カレーが嫌いな男子高校生ってあんまりいないんじゃないだろうか。それに優しさで言ったら、僕よりキヨの方がずっとずっと優しいに決まってる。
手を洗って、二人で夕飯の準備をした。カレーだけじゃなくて、サラダも用意してあった。
「ミチオ、美味しい?」
「うん、すごくおいしいよ!」
「良かった」
夕食を食べ終わったら二人で洗い物を片付けて、キヨの部屋にお邪魔した。
僕達は休日も部活をしていることが多いから、お互いの部屋に遊びに行くことは――特に僕がキヨの部屋に行くことは――少なくなった。僕の部屋には、たまに勉強を教えて貰うためにキヨを呼ぶけど。
だから僕がキヨの部屋にお邪魔するのは久しぶりだ。キヨには僕以外にも友達や部活のレギュラー仲間がいるから、その人たちはもっと頻繁に遊びに来ていると思う。
そのせいかは分からないけど、なんだか部屋の雰囲気がぐっと大人っぽくなった気がする。
まるで知らない人の部屋みたいだと思った。
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