初恋

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 昔の知り合いに再会したこともそうだけれど、呼び起こされた記憶が十年も前のことだというのにも驚いた。 いつの間にかそんなに時間が経っていたんだと、御影は最近物思いにふけることが多くなった。 考えることはもっぱら、その再会したシーンばかりで。 背が伸びていた。あの頃はそんなに変わらない身長差だったはずなのに、この間目が合ったときは自然と御影が彼を見上げていた。 雰囲気もなんだかキラキラしていた。日差しのせいもあったのかもしれないけど。 少し伸びた髪は茶色に染まっていて、でも明るすぎず、整髪料で整えられて爽やかな印象だった。 服装も特別着飾っているようには見えなかったけど、そのシンプルさが彼の印象を大きく手伝っていた。 突然目の前に現れて、これが昔の知り合いだなんて気付くのはなかなか難しい。 時間の流れを考えると、当然といえば当然だが。 御影だって初めはわからなかった。 でも、あの笑顔だ。一瞬で過去に引き戻されたみたいだった。 そしてさらに、混乱ばかりの頭の中に確信が放り込まれた。 『隼人~、早く行かないと席なくなっちゃう』 周りにいた5人のうちの1人が近づいてきて、しかし御影には見向きもせず、名前を呼んだ男のシャツの裾を控えめに掴んだ。 きっとその目に映しているのは1人だけで、精一杯に努力した姿を誰に見てほしいのかも明白な、かわいらしい女性だった。 『あぁ、そうだな。これ、本当にありがとう』 一度逸れた目線がもう一度御影に戻って、すぐに離れた。 御影の言葉を聞くことなく6人は、吾妻隼人は、また歩き出した。 (やっぱり隼人だった・・・) 本人から再会を喜ぶような言葉や仕草は何もなかったけれど。 (隼人だった・・・んだよな) おかげで二日が経った今では、もしかしたらあれは夢だったのではないかと思うこともあるけれど。 でも名前を呼ばれた。それは間違いないはずだ。 あそこで御影の名前を呼べるのは彼だけで、「久しぶり」の一言もないということは、彼にとって特に触れる必要のない過去と、今だったということか。 (俺だって別に何も望んでない) 十年後の姿を見られるとは思ってもいなかった。だから、ただただ驚いた。 (でも嬉しかった、のかな。俺は) 素直に嬉しいと思えていたら、もっと簡単だったんだろうと御影は思った。 そこまで考えて慌てて思考を止めた。 引っ張り出してはいけないものに手をかけてしまいそうだったから。 そもそも次いつ会うかもわからないし、学部が違うならこの広い大学内で会うことも早々ないだろう。 手にしていた教科書にようやく視線を戻し、この空き時間で課題を終わらせる、という本来の目的に取りかかろうとした時だった。 「あ、いた」 頭上から降ってきた声を、御影の耳はもう覚えていた。 「探してたんだよ」 思った通りの人物が流れるように目の前に座る。 「・・・どうも」 こんな状況を全く予想していなかった御影は、距離感をはかりかねて、随分と素っ気ない声が出た。 この反応がきっと正解ではないことはわかっても、じゃあどうすればいいのかはわからない。 御影が必死で思考を働かせている間、吾妻はそんな彼を見て終始笑顔だった。 「この間は本当にありがとうな。部屋の鍵だったから、なくしてたらたぶんすごい面倒なことになってた」 「あ、いや、別に・・・大したことじゃ、ない」 口下手と言えるほど話すのが苦手ということはない御影が、言葉に詰まる。 体が少し強ばってきているのは、緊張のせいだろうか。 御影がそんな風になっているとはつゆ知らず、吾妻は続けた。 「なぁ、今日時間ある?飯食いに行こうよ」 「・・・え?」 なんで?という疑問が真っ先に浮かんだ。 それに続くように御影の脳内では、次々に浮かんでくる言葉や気持ちがあった。 声に出すまでには至らなかったから、吾妻にそれが伝わるはずはないけれど。 「お礼がしたくてさ。俺今日はこのあとの1コマで終わりなんだ。御影がそのあとも講義あるんだったら、終わるまで待つし。あ、今日じゃない方がいいなら、それでも。予定空いてる日教えてくれれば」 まるで聞こえていたかのように話すから、声に出ていたのかと思って驚いたけど、すぐに思い直した。 だって肝心なことには何一つ、触れてはいなかったから。 「なぁ、御影。だめか?」 「え、あぁ・・・」 自分ばかりが話していることに気付いたのか、急に吾妻はしおらしくなって御影の顔を覗きこんでくる。 「・・・だめってことは、ない」 「本当に?やった、今日行ける?」 御影が首を縦に振れば、小さく拳を握った吾妻はより一層嬉しそうに笑った。 それを見た御影も、強ばっていた体で無意識に口元が緩んでいた。
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