初恋

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小学校三年生のときに、二人は初めて同じクラスになった。 でも、すぐに仲良くなったわけではなかった。 吾妻はこの頃から活発な明るい性格で、休み時間には率先して外に遊びに行くような子どもだった。 御影も外で遊んだり体を動かすことは嫌いではなかった。 でも「一緒に遊びたい」と自ら声をかけられるようなタイプではなくて、このまま過ごしていけば、おそらくただのクラスメイトで終わっていた。 きっかけは、夕方になってようやく暑い日差しが傾きはじめた、ある夏の学校帰り。 御影は、ジャージを入れた袋につけていたサッカーボールのキーホルダーがなくなっていることに気付いた。 それは、お父さんと地元のプロサッカーチームの試合を見に行ったときに買ってもらった、大事なものだった。 もう目の前に自分の家が見えているけれど、なくしてしまったキーホルダーを探すために、御影は歩いてきた道を引き返した。 足元に必死に目をこらして、でもどこにも見当たらなくて、このまま見つからなかったらどうしようと泣きそうになったときだった。 「どうしたの?」と声をかけてきたのが、吾妻だった。 涙をグッと堪えて、事情を説明して、そしたら吾妻は御影の手を取って「一緒に探す」と言ってくれたのだ。 それがどれだけ嬉しくて、心強かったことか。 二人は手をつないだまま、ゆっくりと来た道を戻った。 いよいよ学校が見えてきて、もうダメだと思った矢先。 校門の近くに落ちていたキーホルダーを、吾妻が見つけてくれたのだ。 御影は本当に嬉しくて、吾妻も自分のことのように喜んだ。 その日の二回目の帰り道は、二人でたくさん話をした。 実は家が近所だったということもわかって、二人の距離は一気に縮まった。 それからは自然と、御影は休み時間に吾妻やクラスメイトと外で遊ぶようになったし、放課後は二人で過ごすことも増えていった。 四年生になってもそれは変わらず、たまに手をつないで帰る日は、あの日の心強さを思い出して安心もした。 吾妻がそばにいる、と。 困ったことがあっても、悲しいことがあっても、吾妻がいてくれるから大丈夫だ、と。 信じて疑わなかった。 四年生ともなれば、とっくに物心はついているし、自分の思っていることを自分の言葉で話すことだって出来る。 あれが食べたいとか、これをやりたいとか、それはおかしいとか、変だとか。 だから必然だったのかな、と今になって御影は思う。 あの時の出来事は、仕方のないことだったんだと思う。 小学生の男子二人が手をつないで帰るなんて、御影と吾妻の他にいなかったのだから。 いつもの帰り道で出くわしたのは、普段は見かけることのないクラスメイトだった。 その中には見かけない顔もあって、今からその子の家に遊びに行くところだと話をした。 そこまではきっと、いつもの教室の雰囲気と変わらなかった。 でも、ある一人が言った「なんで手なんかつないでいるのか」という声を皮切りに、思ってもいなかった言葉が次々と飛んできた。 御影はそんなことを言われる理由がわからなくて、ただ呆然と立っているだけだったけれど、吾妻は違った。 顔を真っ赤にして、泣きそうな顔でうつむいて、こんな吾妻を御影は見たことがなかった。 やがて限界がきて、いても立ってもいられなくなった吾妻は、つないでいた手を振り払って駆けだしていってしまった。 どんどん遠く、小さくなっていく吾妻の背中を、御影は今でも覚えている。 その日から、二人の関係は一変した。 御影が吾妻に話しかけても吾妻の態度はそっけなく、一緒に遊ぶことも一緒に帰ることもなくなった。 それが、クラスメイトから言われたどんな言葉よりも、悲しかった。 次第に御影から話しかけることもなくなれば、接点は何も残らなかった。 端から見れば、ただのクラスメイト。 キーホルダーをなくす前の日常に戻っただけ。 でも、御影の心はそんな簡単に元通りになんてならなかった。 何がいけなかったのかたくさん考えて、それがわからなくてたくさん泣いた。 時の流れに身をのせて、もうあまり思い出すことのない記憶の一端になっていたはずなのに。 まさか大学で再会することになろうとは、想像もしていなかった。 だから嬉しいというよりは、驚きの方が大きかった。 最初はわからなかったけれど、名前を聞いてピンときた。 小学生の頃の面影を見て、御影は確信した。 終わったと思っていた過去が、成長した姿で今、自分の目の前にいることを。 でも吾妻は御影を見ても何の反応もなく、昔話をすることもなかったから。 (俺のことなんてとっくに忘れてるのか。それくらい、吾妻にとっては些細なことだったんだな) 悲しくて苦しかった時を思い出して、御影の胸が痛んだ。 (それとも、もう思い出したくない、口にすら出したくない過去なんだとしたら・・・だったら俺、相当嫌われてるじゃん) 再び会えたことを少なからず喜んでしまった自分のバカさ加減ときたら。 御影は自嘲するように息を吐いた。 (でも・・・それでもさ。やっぱり俺は嬉しかったよ) こうやってまた出会えて、まるであの頃みたいに笑い合えていることが。 (少し前の自分じゃ考えられなかったけど。毎日がすごく楽しい) それは間違いないはずなのに。 ふとしたときに、心に影が落ちる。 (だからって過去がなくなるわけじゃないんだよ) 吾妻は何を考えているんだろう。 それがわからないから、きっとこんなにも・・・。
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