たぶんそれ、魔法です

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* 「指輪あ?」  番頭が声を裏返す。 「お願いします!」  番頭は酒と女とデュエットが好きそうな、口元のゆるい白髪混じりのおやじだ。行きつけの銭湯でうっかり指輪をなくしてしまった。こんなおやじに頼みたくないけれど、致し方ない。 「もう湯を抜いてるんだよ」  大切な訳じゃないけど、初めて給料で買ったアクセサリーだったから思い入れがある。私はちょっとで良いから探させてくれと頭を下げていた。ゆるめのトップスがずり下がり、手で直す。 「うーん……」  悩むふりしてどこみてんだおやじめ。悪かったな、男湯に貼ってあるビールのポスターみたいなグラマー女じゃなくて。 すると後ろから「どうしました?」と若い声がした。顔をあげるとランニングシャツにジャージの裾を捲った若い男の人が立っていた。 「いやあ指輪をなくしたっていうんだよ」  見てないだろう、番頭の問いにお兄さんは頷く。がっくりと肩を落とす私があんまりみすぼらしかったのか、お兄さんが番頭に掛け合ってくれて中に入って探すことができた。 許された時間をすべて使っても指輪は見つからなかった。帰り際、番頭は意味もなくニヤけていた。 「またどうぞ」
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