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桜子が来たのはそれから十五分経ってからだった。その間、声をかけられること数回。ただ、もうイヤホンは外さなかったし不機嫌そうな表情を作れば、皆そそくさと去っていった。
「ごめんねえ、優ちゃん。待った?」
昇降口から桜子が慌てた様子で出てきた。息を切らして、さも急いできたみたいな演出をしているけど、そんな気はさらさらなかったと既に知っている。外したイヤホンのコードを音楽プレイヤーに巻きつけながら「別に」と素っ気なく返せば、何が嬉しいのか桜子は「ふふ」と笑みを零していた。
杉野には、私がお姫様を甲斐甲斐しく待つ騎士に見えていたのかもしれない。だけど、違う。先に帰らなかったのは、そっちの方が面倒くさいことになると知っているからだ。拗ねた桜子の機嫌を取るのは疲れるし、最終的には泣かれて、私が悪いみたいになる雰囲気が昔から苦手だった。
「そうだ、ねえ、優ちゃん。工藤くんって知ってる?」
ーーああ、男か。なんとなくそんな気はしていたけど。正門までの一本道を歩きながら、顔も知らない"工藤くん"の話を聞く。サッカー部だとか、最近出てきた芸能人の誰それに似てるだとか。私の空返事は気にも留めずに、桜子は一人でキャアキャアと盛り上がっている。
「でもね、桜は優ちゃんが一番大好き!!」
桜子はギュッと左腕に抱きついてきた。私は左肩に鞄を下げているのにお構いなしだ。桜子と距離を取りたくて、並んで歩く時はいつも桜子がいる側に鞄を持つようにしている。でも、なんの効果もない。振り払いたい気持ちを堪えて「……ありがと」と取り繕う。
「ふふ、両想いだね」
何をどう受け取ったのか桜子は能天気に笑っていた。春風に合わせて正門前の桜が揺れているのが見えた。それを遠目に眺めながら精神の安定を図る。
正門を間近にすると、桜の木はハラハラと花びらを落としていた。「わあ、すごい!」と桜子が一際高い声を上げ、桜の木に駆け寄っていく。
「見て見て、優ちゃん。綺麗だね」
揺れるセーラー服の襟もスカートの裾も、髪飾りみたいに花びらをくっつけているウェーブのかかった長い髪も。全てが計算されているみたいに完璧に見えた。桜の花が舞う中で振り返った桜子は本当に綺麗で。見惚れてしまうくらい可愛くて。
ーーああ、なんて、あざとい。
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