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「良いよ、俺の自己満足だったし。でも、そっか。良かった。考えすぎてたんだな、俺。うん、良かった。というか、俺こそごめんな。佐倉も辛かったのに、変に疑って」  良かったと仕切りに口にする杉野に、これが正解なのだと思った。桜子に対しては罪悪感の一つも抱かなかったけれど、私にもまだ他人に向ける良心とやらが残っていたらしい。 「……っと、佐倉、帰るところだったんだよな。ごめんな、引き留めて。時間、大丈夫か?」 「平気。こっちこそ、ごめんね、色々と。でも嬉しかった」  そんなやり取りを最後に私達は別れた。「元気でな」と向けられた笑みは太陽なんかよりよほど眩しくて。直視したせいで青空なんかよりも目に染みた。私はリュックを背負った杉野の後ろ姿を暫く見つめていた。途中で子供が起きたみたいで、屈んで子供を下ろしている。それから杉野親子は手を繋ぎながら歩いて行った。 「……なんだ」  私のこと、好きでいてくれた人いたのか。杉野だって迷ったり悩んだりしたはずで。私を見かける度に不信感を募らせていたのかもしれない。それでも、今までずっと誰にも言わずに黙っていたのか。それは自己満足なんて言葉で片付けてしまえるほど容易なことではなかっただろうに。私を好きだったという、ただそれだけの理由で。  思い返せば、翠も絵美も私の大切な友達だった。高橋と別れた後、怒る気力もなかった私の代わりに激怒したのは翠だった。泣くことを諦めた私の代わりに絵美が泣いてくれた。失恋直後は「バレー一筋だ」と皆でやたらに気合い入れて練習して、休みの日は遊びに行った。……プリクラ、まだ実家にあるかな。  桜子にばかり捉われていたけど、私には桜子しかいなかったわけじゃないのに。結局私は、肩よりも長く髪を伸ばすこともなかったし、スカートよりもパンツ派だし、パステルカラーよりも白とか黒とかハッキリした色が好きだった。桜子がいても、いなくても、私は私で。何も変わらなかった。世界の中心は、桜子じゃなかった。 「……早く、散れば良いのに」  嫌味なほど綺麗な花を咲かせている桜の木を見て呟く。桜は嫌いだ。特に、ここの大きな桜の木は。ーーあの日の、私を思い出すから。どうして、あんなことしたんだろう。今頃、後悔しているなんて思いたくなかった。ずっと嫌いだった。それなのに「ねえねえ、優ちゃん」と私を呼ぶ桜子の声が聞きたいなんて、本当にどうかしている。
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