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「体調、大丈夫?」
私に合わせてゆっくりと歩いてくれている浩平が聞いてきた。つい三十分前にも聞いてくれたところなのに。
「心配しすぎ。大丈夫だよ」
そう言ったのに、浩平はベンチを見つけて休憩を提案してきた。
「もう、ほんとに心配性なんだから」
私は浩平を軽くにらみつけた。少し前までは体調の悪い日が続いていたこともあった。水を飲むのさえ辛くて、病院で何度も点滴を受けていた時期もある。浩平の献身的なフォローのおかげで、最近は比較的落ち着いている。この人が旦那さんで良かった、と心から思う。
ベンチに座ると、浩平の手が私の手にそっと重ねられた。浩平の左手には結婚指輪が光っている。三年前に二人で何時間もかけて選んだものだ。内側には二人のイニシャルが刻まれている。大切な、宝物の指輪。
その片割れの私の指輪は、チェーンを通されて私の胸で揺れている。体調によってむくみがひどくなって、抜けなくなってしまうことがあるからだ。それでも肌身離さず持っていたい。そんな思いを浩平に伝えたら、その日の仕事の帰りにシルバーのチェーンを買ってきてくれたのだ。本当に、優しい。
そんな浩平との二人の生活はもう終わってしまう。その日が近いことは、私も浩平も分かっている。もう一度、最後の二人だけの時間を楽しみたい。それが私たちの願いだった。そして、私の体調のいい日を狙って、こうして二人の時間を過ごしている。
「香、見て」
浩平が指さしたのは飛行機雲。未来に向かって伸びているような真っ白の飛行機雲は、太陽の光を透かせてきらめいている。
「久しぶりに見た気がする」
「俺も」
木の葉の揺れる音だけが、心地よく聞こえてくる。
「こんな時間もこれで最後になっちゃうのかな」
浩平がぽつりとつぶやいた。声にほんの少しの寂しさが隠れている。
「覚悟はしてたんでしょ? ずっと前から」
「まぁそうなんだけどさ」
「寂しい?」
「そりゃちょっとはね。でも、それ以上に楽しみの気持ちの方が大きいかな」
浩平が私のお腹にそっと触れた。浩平は優しくて温かい手で、私の大きく膨らんだお腹をなでた。
新しい家族がここにいる。あとひと月もしたら、私たちは二人の生活から三人の生活になる。
「早く会いたいよー!」
浩平が私のお腹に向かって叫んだ。
「ふふっ、まだ早いよ」
ねぇ、聞こえてる?
君のパパはとっても優しくて、君と会えるのを心待ちにしているんだよ。安心して出ておいでね。
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