訪れないロマンス

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ふわりと春の温かい風が吹くたびに、白い花びらが舞っていく。街を行く人々は、その美しい花びらの雨が降るたびに足を止め、「綺麗」と呟く。だが、そんな中、足を止めることなく歩く男性がいた。 「……」 男性の顔は無表情で、春を代表すると言っても過言でもない桜の花をチラリと見ることもしない。それどころか、地面に落ちた花びらにどこか嫌悪感を示しているようにも見える。 「もうあの日から八年も経つのにな……」 八年前のあの日から、男性ーーー珠彦は桜を見るのが嫌いになった。その嫌な記憶は、この国に春が訪れるたびにやってくる。 八年前の記憶が、今日もまた蓋を開けて飛び出していった。 八年前、時代は大正と呼ばれていた。世の中が目が回るほど忙しく変わりつつも、目に映る全てが新しく輝いて見えた時代である。 「す、すごい……!」 地方のとある村から東京に奉公にやって来た十二歳になったばかりの珠彦は、初めて見るハイカラな服やバス、カフェに忙しく目を動かしていた。奉公とは、地方に住む子どもたちが都会に働きに来ることである。 都会は、村では見ることのないものばかりで、珠彦はここが同じ日本だとは思えなかった。まるで、本でしか知らない欧州に迷い込んだように思えてしまう。 目の前の景色に圧倒されつつ、珠彦は自分の奉公先へと向かった。珠彦が働くのは、百年以上の歴史を持った名家・東条家の屋敷である。
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