訪れないロマンス

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「あの先生、いっつも怒ってくるから苦手なのよ」 「仕方ありませんよ。もう舞踏会まで日がありませんから」 その後ろ姿、そして先ほどの「お嬢様」という言葉を思い出し、とんでもない立場の人と話をしていたのだとその場に座り込んでしまった。 あの日から、珠彦は屋敷で働き始めた。先輩使用人に仕事を教えてもらいながら、仕事をこなす。 そんなある日、珠彦が洗濯物を両手に歩いていると、ふと窓の外に櫻子を見つけて足を止める。櫻子は庭に咲いている花を見て微笑んでおり、それを見て珠彦は頰を赤く染める。だが、その櫻子の隣に見知らぬ男性が立って話し始めた。刹那。 (何だこれ、胸が……) ナイフで抉られたかのように痛い。その謎の痛みに珠彦が驚いていると、「こら、サボるな」と先輩に叱られてしまう。 「すみません」 櫻子を見ながら珠彦が言うと、先輩は「ああ、櫻子様と桐谷様じゃないか」と言う。桐谷家は東条家と肩を並べるほどの名家で、二人の結婚は生まれた時から決まっていたものなのだそう。先輩は珠彦が聞いてもいないのにそう話した。 「そうなんですね」 ただ、胸の中に痛みが広がっていく。その気持ちが何かわからないまま、珠彦は婚約者と楽しげに話す櫻子を見ていた。
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