6/6
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/71ページ
 その時ヴェリハーベンが立ち上がり、視線を後ろにすっ、と旗を上げるように腕を垂直に上げた。次の瞬間、わたしの眼の前いっぱいに樹が現れた。大きい、という言葉で片付けて良いものか、“持たざる者”でしかも罪人で有るわたしが結論づけて良いのか分からない。樹、なんて易しいものでは無い。大木だ。世界で1番大きな樹、よりも大きい。シダのようなのに、わたしが知っているどのシダよりも大きいし、どのシダとも違う。大きな1枚では無く、無数の小さな葉の集まりで有るその葉々は所々ぼろぼろに枯れたり、朽ちかけたりしている。根も大きい。大きく太い根が百、千、万と枝分かれし、それを繰り返しながら下へ下へと続いている。その数はあまりにも多過ぎて数えることは出来ない。その根1つ1つには名前が書いて有り、わたしが知っている言語から少し知っている言語、街や本屋で見たことが有るだけの読めない言語、全く知らない言語様々でいつまでもいつまでもぐんぐん下がっては新しい名前が続いて行く。根のいくつかは赤かったり、黒かったり、灰色に変色していてわたしにはそれが不吉に見えた。  「これは世界の系図だ。“在る者”が生んだ惑星有る世界を樹に、“持たざる者”が造った世界を根に見立て、“持つ者”の管理下に置いた。“持たざる者”は根に反してまるで紙に線を引くように、簡単に世界を造る。だから我々は皮肉を込めて、と呼んでいる。  今、執行猶予機関を統率しているのは、『今の“持つ者”』と呼ばれる存在だ。わたしを含めた今の“持つ者”は次の“持つ者”が死に絶える直前に選ばれ、各々の機関を造り上げる力を受け継いだ。お前たちが乗ったあの列車が、わたしの執行猶予機関(モラトリアム)だ」  わたしはゆっくり言葉を咀嚼した。牛のように反芻させないと言葉を理解出来ない。時代、時代が遠くなる。わたしはヒステリックに笑った。反吐が出る。阿呆みたいに笑うわたし自身と平然と、顔に有る全てがぴくり、とも動かず変わらないヴェリハーベンにも。  「選ばれ、って。じゃあ貴方も罪人なの、ヴェリハーベン。あんな偉そうなことを言っておいて、よくもわたしやジェニファーを」  「愚かな」ヴェリハーベンが静かに言った。軽蔑は常に失望幻滅の傍に有って、簡単に隣り合わせになることが出来る。「お前はここまで話しても“持つ者”、“持たざる者”の意味を理解していていなかったのか。“持つ者”とは、のことだ」  ヴェリハーベンがわたしを見た。眼だけでは無い。身体ごとわたしの方に向けて全身でわたしを見ている。その眼は月の無い夜よりも真っ暗で、身体は眼の前の敵を殺す体勢を取っているように隙が無い。それのどこにも人間を感じさせるものは無かった。情を持たない獣。……いや、獣にも自分を生んだ親や生んだ子には愛情を与える。独り立ちの為に荒療治を施すことは有るが、わたしが生きた国だってカレッジやユニバーシティに進む時は家を出される、それと同じだ。……だが、正体を明かしたヴェリハーベンの顔には情が付く全てのものが無かった。化け物。または冷酷な看守。
/71ページ

最初のコメントを投稿しよう!