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ふらふらとデスクに戻った。やっぱり回ってくる仕事なんかひとつもなくて、身の回りの片付けを始めることにした。出来損ないのわたしを雇ってくれただけでもありがたいんだ。そう思い込まないと、涙がこぼれ落ちてしまいそうだった。
デスクの上がまっさらになっても、誰も声をかけてくれはしない。透明人間みたい。今から帰ってしまっても、誰も気づかないかもしれない。荷物をまとめたダンボールは机の下に仕舞って、鞄を肩にかけてそろりとオフィスを後にした。
まだお昼前という時間帯。澄んだ空は高い。陽が出ているとぽかぽかと暖かく、春の訪れを感じずにはいられなかった。気持ちの良い天気とは裏腹に、心は雨模様だ。
「仕事、探さなきゃ」
そうつぶやいてみたものの、自分にはいったい何の仕事ならできるのかわからなかった。良かれと思ってやったことがすべて裏目に出る。そんな感じだった。自分は人と感覚がズレているのかもしれない。慰めてほしくて、鞄の中のスマートフォンを探る。ロックを解除して、恋人の渉に電話をかけようとした瞬間、その渉の名前が画面に表示された。少し嬉しくなって、すぐに通話ボタンを押した。
「あ、渉? わたしも今電話しようと思ってたところ。奇遇だね」
「ああ、奏。あのさ」
「どうしたの。渉から話して」
いつになく硬い声の渉に、何か大事な用件だろうかと口をつぐむ。
「ああ、うん。俺と……」
そこで言い淀む。俺と、なんだろう。もしかして、結婚してください、とか? いや、そんな大事な話なら電話でしないか。なんて打ち消しながらも、イマドキじゃないけど結婚して専業主婦になるのもアリかな、なんて想像してみたり。
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