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男は少し動きを止め、わたしの顔を見下ろした。深くかぶった帽子とマスクの間から覗く彼の瞳は、ゆらゆらと揺れ動き、逡巡しているようだった。
「悪いけど、こっちも切羽詰まってる。娘の手術費用が足りなくて、金が必要なんだ。手術できなければ娘は……。金は必ず返す。だから、貸してくれないか」
男が帽子とマスクを取ると、憔悴した顔があらわになった。立ち上がり、真剣な顔で頭を下げる。彼が嘘を言っているようには見えなかった。
「あの、わかりました。どうぞ持っていってください」
わたしがそう言うと、男はほっとした顔になり、また頭を深々と下げた。
「乱暴な真似をして悪かった。あんたがいきなり帰ってきたから驚いてしまった。勝手に家に入ったことも、申し訳なかった。手術は一週間後だ。だからそれまでは警察には……」
「大丈夫です。言いません」
それから名前と連絡先をメモに残して男は玄関から帰っていった。信じてよかったのだろうか。わからないけれど、信じてあげなかった結果、彼の娘さんが不幸になるのも嫌だった。
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