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慌ただしさを感じさせながら突入した三月。ただし、忙しそうなのはわたしの周りだけ。同僚たちも最初の頃は猫の手も借りたいとばかりにわたしに仕事をくれていたけれど、要領が悪いわたしはみんなに迷惑をかけてばかり。いつしか「水野さんに仕事を頼むと倍に増える」なんて悪評までついて、ついには何の仕事も回ってこなくなった。
「水野さん、ちょっといいかな」
部長が手まねきしている。久しぶりに誰かに名前を呼ばれた気がする。やっと仕事させてもらえる。そう期待して立ち上がった。ついて行くと、わたしの他にもうひとり先客がいた。わたしと同じ契約社員の蓮沼さんだ。
「最近うちの会社の業績が悪いのは、知ってるよね」
そんな話を聞いたような気がすると頷く隣で、蓮沼さんが眉根を寄せながら相槌をうった。
「非常に申し訳ないんだけど、おふたりのどちらかを今期で契約満了にさせてもらいたいんだ」
「私は無理ですよ。小さい子どもいるし、収入が減ったら困るんです。それに今期ってもう一か月もないじゃないですか」
蓮沼さんは間髪入れずに拒否した。わたしだって辞めたくはない。でも、養う家族がいる蓮沼さんと独り身のわたしなら、蓮沼さんが残るべきだろう。それに、わたしは役立たずだし、会社にいるほうが迷惑かもしれない。
「わかりました。それならわたしが辞めます」
「すまないね。じゃあ決定ってことで」
「水野さん、ごめんね。ありがとう」
蓮沼さんはわたしの手を握ってぶんぶんと振った。わたしが辞めることでみんながハッピーになれるなら、それでいいよね。
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