雨が止んだら

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『最後の恋人になってくれる方を募集します』 それが、銀ちゃんのプロフィールの一行目だった。 親より年上のおじさんなんて、ストライクゾーンに入るはずがない。 顔写真も載せておらず、体型やスペックが好みだったわけでもない。ビジネスメールみたいな長文から滲み出る几帳面さと真面目さ、それに真剣さは、ただ体目当てで相手を探す人にとっては嘲笑か嫌悪するほどだったかも知れない。 それでもコンタクトを取ってしまったのは、僕も心のどこかでそう思えるほどの相手に出会いたいと思っていたからだろうか。 ネットにも疎く、容量もサイズも小さいスマホを、眼鏡を上げた顔からやけに離して見るその人は、待ち合わせ時間きっかりに着いていたらしい。シルバーグレーのスーツに薄黄色のネクタイという姿を見て会社帰りなのが分かった。 取引先の接待に使うような小料理屋に連れて行ってもらった。色の濃い木造と漆喰で丁寧に内装された、静かな空間だった。廊下はオレンジ色の光で下から照らされ、琴の音色で奏でる和風イメージの音楽がスピーカーから流れていた。人目を気にしなくて済むようにと、個室まで取ってあった。 ネットで出会うのは初めてじゃなかったけれど、倍以上も歳の離れた人と、そんな場所で、というのはさすがに初めてだった。 「人生の最後にね、自分に正直になろうと思ったんですよ」 まだ五十代前半だったのに、銀ちゃんはもうすぐにでも死んでしまう人みたいなことを言った。両親が亡くなり、自分の人生と改めて向き合った時に、そう思ったと話してくれた。 「……じゃあ、竹野さんの第二の人生、僕にくれる?」 何が決め手だったかなんて僕にも分からない。 初めて会ったばかりで、一緒に食事をしている途中だったのに。価値観や生き方の違い、体の相性、ジェネレーションギャップ、そういったものを全部すっ飛ばして、この人と一緒にいたいと思った。
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