雨が止んだら

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次々と歌詞を書いたり、音に厚みをもたせたり、試行錯誤するのがもっと楽しくなった。未練なんて無かったはずのこの人生を生きる甲斐というものを、初めて感じた。 死ぬわけにはいかないと思った。 時間も忘れて熱中した。文字通り寝食も忘れた。収入も無かったから、食費も減るし、電気代以外はかからない暮らし方になるのはちょうど良かった。確か、体重は七キロ痩せた。 「Kowappa(コワッパ)」というハンドルネームは、本名をもじって付けたものだ。その本名を付けた人らが今どうしているかは、興味が無いから分からない。 活動を続けるうちに知名度が上がり、有償の依頼を受けるようになった。今はそれで、個人事業主として生活できる所まで来た。 社会を構成する皆が大好きな学歴という尺度は、僕の第一印象を「頭が良くて、さぞ仕事のできる、信頼のおける人」にする。おまけに僕は、人類共通の尺度となる収入まで、もう一度手に入れた。“擬態”する事なく社会に認めさせた僕の肩書きは「フリーランスのサウンドクリエーター」だ。 責任さえ負えば自分の好きなように動ける、ドロップアウト先が、僕には合っている。 生活が安定して、他の事にも人生のリソースを割けるようになったタイミングで出会ったのが銀ちゃんだった。 銀ちゃんにとっては、僕は最初で最後の「俺のオトコ」らしい。 まさか男の人と暮らす未来が来るなんて、何年か前までの自分に言っても絶対に信じない。何が起こるか分からないからこそ、人生というゲームは面白いのだろう。 一緒に暮らし始めてすぐに、世界はパンデミックに陥った。 銀ちゃんの勤め先が手探りでリモートワークをするようになった時、ウェブカメラの設定をしてあげたのは僕だ。リモート会議中に映らないように気を付けた。そこでも、見えない事になっている方が都合が良かったから。
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