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部屋で夕食を終えた後は、ロビーのお土産売り場を見に行く事にした。
館内でお得に使えるチケットをチェックイン時に貰ったらしい。と言っても、白いA4のコピー用紙に印刷しただけの簡易的な物だった。
銀ちゃんが読んでいるのを横から覗き込むと、すぐに、ある文字列が目に入る。
「また間違えられてる」
「ん?」
薄青色の浴衣と紺色の半纏の袖を捲り、書かれている内容を指差す。
「ほら、銀世の世が星になってる」
銀ちゃんも眼鏡を上げて顔を近付ける。
「あらら」
読めたってその程度のリアクションで、本人は特に気にしていないようだ。五十年以上この名前で生きてきて、今更気にしても仕方ないと思っているのかも知れない。
「コピペすれば間違えるわけないのに。何のための印刷なんだろ」
僕が呆れて言うと、まあまあ、と本人の方が宥めてくる。
「間違われる度に思うよ。銀の星の方がかっこ良かったのにって」
コピー用紙を四つ折りにして半纏のポケットに差し込み、いそいそと財布を取りに行く。部屋の敷居の前で待っている僕のポケットには、既にスマホが入っている。
「銀色の星?」
「老人の星みたいになっちゃうか。あっはっは!」
自分で言って自分で笑っている。銀ちゃんは、オヤジギャグが好きだ。僕は、ふふん、と鼻で笑う事しかできない。
シルバースター、銀の星、と頭の中で繰り返しながらスマホを操作する。実はとっくに、その発想は僕の中にあった。
『Silver Star』は、僕が作った中で、一番人気と言っても過言ではない曲だ。
まさかこれが、親と同年代の男に向けたラブソングだなんて、誰も思わないだろう。銀ちゃん本人だって知らない。
銀ちゃんは別に、夜空の星のように輝くようなタイプじゃない。誰かにとっての一番星でも、煌めきを放つ宝石でもない。
そんなに素敵で夢見がちな存在でも、関係でもない、ただの普通の恋人だ。
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