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客室に上がると、和室の匂い、つまり綺麗な畳の匂いがした。畳の目も毛羽立っていないし、窓からの日光で焼けて傷んだ安っぽい黄色もしていない。ひと安心だった。
老舗と時代遅れを履き違えた建物にありがちな、使い古され、黒いシミの浮いた趣味の悪い小豆色のカーペット。そこに染み付いた、煙草やビール、そして靴下の臭い。あれは最悪だから。
荷物を部屋の隅にまとめて、お膳を挟んで向き合って座る。お膳は低く、脚は丸まって太い。座椅子はお膳と同じつやつやした茶色の木製で、紺色の座布団が敷いてある。触るとさらりとした質感だった。
「男ふたりなのに、変なカオされなかったね」
ようやくマスクを外せる。鼻から改めて息を吸えば、部屋の匂いが濃くなる。落ち着くと言うより、むしろ非日常的で新鮮な香り。畳に馴染みのある人生じゃなかったから。
銀ちゃんもマスクを外して、向かいに座った。よっこいしょ、と言いながら。
「そりゃ、接客業のプロだもん。“お客様”相手に変な顔なんてしないでしょ」
「もんって何、可愛いんだけど」
「もんはもんだよ」
少し恥ずかしそうに言い、座ったばかりなのにすぐに机に手を突いて立ち上がる。お茶を淹れに行くのだ。
「だいたい、男ふたりがどうこうって騒ぐのが時代遅れじゃない? このご時世に」
僕は一度姿勢を起こし、尻ポケットからスマホを出して、お膳に置きながら返事をする。
「カップルプランは適用されなかったけどね。定員男女一名ずつってさ」
「適用できたらほんとに友達同士でも悪用する奴が出て来ちゃうでしょ」
壁際に置かれたポットの方へ向いた銀ちゃんが言ってくる。
長く生きているから、それが当たり前だと思っているらしい。自分から“新しい時代”に適応しようとする一方で、自分を納得させるために身に付けた価値観をなかなか手放せずにいる人だ。
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