雨が止んだら

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「男女でもカップルのふりする人、居そうなのになぁ」 お膳に頬杖を突いて話す。 「それはもう……オッケーって意味だよ。付き合ってなくても、二人で旅行するなんてのは」 カチャカチャと湯呑み同士の当たる音に負けないように少し声を大きくして、言い返してくる。 白髪の増えつつある後ろ姿を見つめる。身長168センチの、普通のおじさんの背中。スーツ姿で駅の人混みに紛れてしまえば、気付けないかも知れない。 銀ちゃんが二人分のお茶を淹れて戻ってきた。 「だいたい、俺と氷治(ひょうじ)じゃ親子に見える。たとえ男女でも、不倫旅行みたいになったりしてね」 「男女の不倫はお得にできて、男同士の純愛はだめなの?」 紙パックから淹れられた緑茶の匂いが、熱に乗ってふわりと漂ってくる。座ったまま、文句を言っているだけで温かいお茶が出てくる身分だ。僕は、銀ちゃんに、甘やかされている。 「だめって事はないよ。そもそも想定されてないだけ」 いまだにどこか、見えない事にされている僕らの関係。 「……昔は、夫婦円満何とかみたいなプランばっかりだった」 銀ちゃんが熱いお茶をすすって、思い出したように話し始める。 「でも今は、カップルでって言い方が当たり前になってる。嫁入り前でもそういう事するのが普通になりつつあるんだなって、おじさんは思うわけよ」 いつもより渋い声で話す度、銀ちゃんの喉仏が動く。少したるんだ顎の下に薄い影が揺れる。何本か白くなったヒゲが見える。当時はあったであろう肌のハリもなくなって、毎日伸びるはずのヒゲすらまばらで生え揃わない。 「そういうの、マジでおじさんだよね。昭和生まれって言うかさ」 熱くて味の分からないお茶をひと口飲んで、言った。
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