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「春日くん、約束もしていないのに、うちの敷地に勝手に踏み込むなんて、いったいどういうつもり?」
かつて何度も目にした、冬風のような非難的な表情だ。間違いなく、彼女は僕の知る「安藤咲良」だ。
「いや、その……きみの家にある桜の木が見たくなってさ」
しどろもどろにごまかすと、彼女はさらに怪訝そうな顔になる。
「ふーん、咲いてないのに?」
「あれぇ、さっきまで咲いていたはずなのになぁ……」
「そんなわけないでしょ。桜はお互いに言葉を交わしているんだよ。同じ品種なのに、ひとつだけ勝手に咲いちゃうとか、ありえないから」
「いや、ぜんぶ咲いていたんだけど」
「はぁ? 夢でも見たんじゃない? 開花、まだしばらく先よ」
もしや僕は過去に遡ったというのか。けれどそうなら、今は咲良さんがまだ生きている頃――おそらくは高校生の時か。さっきの不思議な現象のせいだろうか。
頭を整理しようとするが、なぜそんなことが起きたのか到底理解できない。
「相変わらず挙動不審だね、きみは。まあ、今は家族が不在だから構わないけど」
咲良さんは、なんとなく呆れたような顔をして肩の力を抜いた。邪険に扱われなかっただけましだと思った。
呼吸を整え、おそるおそる彼女に尋ねる。
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