桜、願う

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「でも、なんで桜の枝を切り落としていたのさ」 「ああ、これね。――ただの手伝いだってば。名目は『修行』だけど」 「『修行』?」 「うちでやっている、染物の染料になるのよ。この枝は」  枝をひとつつまんで指先で弄ぶ。 「染物って花を使うんじゃないのか」 「ううん、染物で桜の色を出すには、枝や皮を使うのよ。それも開花が近づいた頃のやつをね。その時期じゃないと本来の桜の色が出せないんだよ」 「へー、そうなんだ。桜は開花が近づくと全身で美しさを表現するっていうことなのか」 「そうかもしれないけど……わたしはこの桜が美しいだなんて思えないよ」  彼女はそう言ってひときわ大きな桜の木を見上げる。親の仇でも目にしたかのような、恨めしそうな顔をして。 「なあ、思うことがあったら聞かせてくれないか」 「なんで春日くんにわたしのことを話さなくちゃいけないのよ」 「だって僕はきっと、君に会うためにここに来たんだから」 「はぁ? 高三だっていうのに中二病?」  僕が真剣な表情で咲良さんを見据えると、彼女は困ったような顔をして髪をかきあげる。そして逡巡したあげく。 「――もしも誰にも言わないって約束してくれるなら、いいよ」  ぼそりと承諾した。 「おっ、咲良さんが僕を相手にするなんて奇跡の到来だ」 「わたしにつきまとう物好きなんてきみくらいだし、でも卒業したら二度と会わなくなるだろうし。だから餞別がわりだよ」  黙って首を縦に振ると、彼女は半分諦めたように頬を緩めた。  どうやら三年間にわたる僕のしつこさは、無駄ではなかったらしい。
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