28人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
「でも、なんで桜の枝を切り落としていたのさ」
「ああ、これね。――ただの手伝いだってば。名目は『修行』だけど」
「『修行』?」
「うちでやっている、染物の染料になるのよ。この枝は」
枝をひとつつまんで指先で弄ぶ。
「染物って花を使うんじゃないのか」
「ううん、染物で桜の色を出すには、枝や皮を使うのよ。それも開花が近づいた頃のやつをね。その時期じゃないと本来の桜の色が出せないんだよ」
「へー、そうなんだ。桜は開花が近づくと全身で美しさを表現するっていうことなのか」
「そうかもしれないけど……わたしはこの桜が美しいだなんて思えないよ」
彼女はそう言ってひときわ大きな桜の木を見上げる。親の仇でも目にしたかのような、恨めしそうな顔をして。
「なあ、思うことがあったら聞かせてくれないか」
「なんで春日くんにわたしのことを話さなくちゃいけないのよ」
「だって僕はきっと、君に会うためにここに来たんだから」
「はぁ? 高三だっていうのに中二病?」
僕が真剣な表情で咲良さんを見据えると、彼女は困ったような顔をして髪をかきあげる。そして逡巡したあげく。
「――もしも誰にも言わないって約束してくれるなら、いいよ」
ぼそりと承諾した。
「おっ、咲良さんが僕を相手にするなんて奇跡の到来だ」
「わたしにつきまとう物好きなんてきみくらいだし、でも卒業したら二度と会わなくなるだろうし。だから餞別がわりだよ」
黙って首を縦に振ると、彼女は半分諦めたように頬を緩めた。
どうやら三年間にわたる僕のしつこさは、無駄ではなかったらしい。
最初のコメントを投稿しよう!