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追憶
同級生の安藤咲良さんが露と消えた。
そのことを知ったのは、就職活動で大敗を喫して地元に逃げ帰った時のことだった。
再会した高校時代の友人たちが知る断片的な情報を集めてみると、「祖父の養子になった孫娘」とか、「家のための政略結婚」とか、「心の病に蝕まれた」とか。とにかく痛ましい結末の背景には、理解に苦しむ複雑な家庭環境があったらしい。
彼女の姿を脳裏に描きながら追憶に浸る。
咲良さんは僕が青春時代の恋心をたむけた唯一の相手。奥ぶたえの丸顔で、艶めく長い黒髪、それに落ち着きのある上品な所作。格調高い染物屋の娘さんという、まさに家柄通りの雰囲気の子だ。
男子は皆、咲良さんのことを「気取りたがりの生意気な女子」と評していた。笑顔は控えめで友人は少なく、いつも他人との間に壁をこしらえているように思えた。だから僕がいくら冗談を言っても、冷ややかな目で「馬鹿じゃないの?」と一蹴されるだけだった。
けれど言われて落ち込んだそぶりをすると、彼女は少しだけすまなそうな顔をする。その内面を一瞬だけ映し出す表情が花のつぼみのようで僕の心に響くのだ。
だから粘り強く話しかけていた男子は僕くらいなものだった。友人は「春日も物好きな奴だな」と言い、面白そうに傍観していた。
たぶん、僕は嫌われていたと思う。けれどせめて好きになった子の未来は燦然としたものであって欲しかった。
やるせない気持ちを処理しきれない僕は、霧の中をさまようような感覚で、咲良さんがいるはずもない彼女の実家へ足を向けていた。
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