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 桜の下には死体が埋まっている。  桜の花びらが薄紅いのは、その下に埋まった人間の死体、そこから吸い上げる血の色を反映しているからだ。  あるいは桜の森の満開の下、人の生首を求める鬼女の物語。  そんな法螺噺を、何度聞いたことだろう。  一体何人から僕はそんな怪談噺を吹き込まれたんだろう。  幼い頃から僕は、桜が怖かった。  満開の桜の花が、僕をどこか、人間の住まない異界へと連れ去ってしまうのではないか、そんなことを恐れていたんだと思う。  だから、桜の花が咲いても僕は、それを見ないようにして、足早にそこを通り過ぎるようにしていたのだった。  『彼』、あるいは『彼女』に出会うまでは。  弥五郎坂下にある古い日本家屋、その庭には桜の大木が生えていて、春の風に花弁を舞わせ、道行く人々へと落としている。もう古木なので、満開の桜とはいかず、幹の太さとは対照的な細さの生きた枝に小さな白っぽい花が点々と咲いているぐらいだ。樹皮は真っ黒と言っていい色で、半分枯れたようなその古木の風情は、僕にとっては満開の花を咲かせる健康な桜の木々よりも却って恐ろしかった。当時は車の排ガスが酷かったので、もしかしたらその桜の樹皮の色も、排ガスの害に冒されていたせいだったのかもしれない。  とにかくその桜は、地名を取って『弥五郎桜』と呼ばれていた。  僕は小学校三年生だった。  わけのわからない、恐ろしいと聞かされた何かを、ただ一心に恐れるべき年齢ではなくなっていた。だから、小学校の門の側や校庭の隅に生える桜の木については、避けて通るにせよ、度を超えて恐れていたわけではないように思う。  だけど、弥五郎桜に関しては違っていた。理由は、さっきも述べた黒々とした古木の風情と、細い枝をまるで手のように道の方に投げかけていること、それから弥五郎桜があるその日本家屋の、これまた得体の知れない古さだ。と言っても金持ちの家では別になく、質素な板塀が瓦屋根を何とか乗せている、いかにも昭和じみた小ぶりな平屋の住居だ。高橋という名前の老人が一人で住んでいるという話だったが、僕はそれまでその高橋老人を、ろくに見たことはなかったと思う。  とにかく、そんなところだった、この物語の前提に関しては。  その日も僕は、俯いてその弥五郎桜の側を、足早に通り過ぎようとしていた。  まさにその枝が歩道へと落ちかかる、その下を僕は潜り抜けようとした、その時だった。  僕は、その声を聞いたのだ。
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