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 3ヶ月前、妃奈子の従兄である啓太は、入札価格を誤って会社に大損失を出し、責任を取る形で退職した。  啓太の話によると、入札価格は事前に課長や部長と相談しており、社長の意向も確認済みだった。  しかし、会社を出る直前、1課の営業事務をしていた女性の契約社員が社長からの言伝だと言って、入札価格の変更を指示した紙を渡してきたという。  その日は朝からトラブル続きで担当先への対応に追われ、入札開始時間が迫っていた啓太は女性社員の言うことを鵜呑みにし、会社を出た。普段なら必ず部長か課長に確認するのに、そのときは女性社員に時間が迫っているとせかされて、追い立てられるようにして会社を出たらしい。  入札は下限価格が設定されていたなかったため、落札はできた。ただ、その価格は社長の指示でもなんでもなく、入札に参加した啓太のミスとされた。結果的に、啓太は会社に数千万円という損失を出してしまった。  退職して1ヶ月ほどが過ぎたころ、啓太は「時間が迫っていたとはいえ、うかつだった」とこぼした。  妃奈子は憤ったが、啓太は落ち着いていた。 「たとえ理由があったとしても、最終確認をしなかったのは自分だ、だから責任は自分にある」  そう、啓太は言った。  また会社には感謝しているとも言う。  強制的に解雇されることはなかったからだ。退職金も支給された。  妃奈子は「それなら辞めることなかったんじゃないか」と問い詰めた。  でも、啓太は会社にいるのは辛かったらしい。  給与が減額され、安直なミスで会社に損害を与えたことが社内に広まり、啓太は常に後ろ指さされた。また、社長からだと言ってメモを渡してきた契約社員は、入札の翌日に突然、辞めていて、なぜ偽のメモを渡してきたのか、聞くことができない。啓太は嵌められたと思ったという。  でも、契約社員の彼女が、啓太を陥れる理由が見つからない。そうなると、彼女に指示をしたのは社内の人間ということになる。啓太は社内にいる人が全員、敵に見えてきた。そんな中にはいられないと、退職を決めたそうだ。  ちなみに、退職金で損失の一部を補填することを会社に申し出ると、初めは「法律があるから」と会社は固辞していたけれど、どうしても補填させてもらわないと気が済まないと言い張る啓太に押された会社側は、顧問弁護士に間に入ってもらい、退職金の全額ではなく一部を双方合意のうえで受け取ってくれたらしい。  子どものころから2歳上の啓太のことを兄のように慕ってきた。彼も妃奈子をかわいがり、妃奈子が近所の子にイジメられていたら守ってくれた。  そんな啓太の身に起こったことだから、妃奈子は怒りの感情が上りに上る一方だった。  啓太の言う通り、会社側にすれば、責任は彼自身にあるのかもしれない。  でも、なぜ啓太が陥れられる羽目になったのか。誰が契約社員に偽のメモを啓太に渡すよう、指示したのか。  それを知りたくて、妃奈子は大学卒業後6年間勤めた会社を退職し、啓太が勤めていた会社にアルバイトとして入ったのだ。
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